ここから本文です。
16.T事件(令和4年(不)第41号及び同年(不)第46号併合事件)命令要旨
1 事件の概要
本件は、会社が、(1)組合に対し、これまでの労働協約全てを解約する旨を通知したこと、(2)本店所在地の土地(以下「本件土地」という。)及び当該土地上のプラント等を売却したこと、(3)希望退職者の募集を行ったこと、(4)組合からの団体交渉申入れに対し、組合が会社の代表取締役であるA氏を正当な代表取締役と認めていないこと等を理由として団交に応じなかったこと、がそれぞれ不当労働行為であるとして申し立てられた事件である。
2 判断要旨
(1)各争点に共通する問題について
ア 本件申立てにおける各争点に共通する問題として、 当時会社の代表取締役であったA氏の行為を会社の行為と評価し、これに対して、会社に不当労働行為責任を問うことができるか否か、について検討する。
イ 会社が、各争点での行為時点において、組合員の雇用主であったことについては、当事者双方に争いはない。そして、本件申立てにおいて各争点の対象となっている行為を行ったのが、会社であることもまた明らかである。
ウ 会社は、組合が会社の代表者であることを否認するA氏の行為を会社の行為と評価することは自己矛盾である旨主張する。しかし、組合が、一方では会社の正当な代表者についての自らの主張を維持し、今後、裁判等で争う権利を留保しながら、他方では、A氏が実際にその権限を行使している状況において、A氏を代表者として不当労働行為責任を問うことは、現実的な選択であるといえ、不当労働行為救済制度の救済を求めることができないほど矛盾した行為であるとみることはできない。
エ 以上のとおりであるから、A氏の行為を会社の行為と評価し、これに対して、会社に不当労働行為責任を問うことができる。
(2)会社が、労働協約解約通知書を組合に送付したことは、組合に対する支配介入に当たるかについて
ア 労働協約は、解約の予告さえすれば無制限に解約できるというものではなく、労働協約の解約が組合の弱体化を企図してなされたもの、又はそれによって組合活動に重大な影響を及ぼし組合が弱体化したと認められるような場合は、不当労働行為に当たると解すべきである。
イ まず、会社の主張する労働協約の解約理由が正当なものといえるかについてみる。
(ア)会社は、解約の主要な理由として、労働協約の締結・維持の前提となった労使間の信頼関係を組合が一方的に破壊した以上、解約はやむを得ない措置である旨等を主張する。
組合の一連の行為により会社と組合との間の信頼関係が破壊されたとの会社主張は、一定理解できる。しかしながら、そのような状況において労働協約を継続することにより、会社が、いかなる不利益を被ることになるかについては具体的な主張がない。そもそも、労働協約解約通知書の解約対象となる労働協約は複数存在し、協約の内容、締結に至る経緯、解約により組合が被る損害等は、労働協約によって異なるところ、会社がこのように労働協約ごとで異なる事情を考慮した形跡はなく、包括的に労働協約を解約しているといえる。そうすると、会社が労働協約を解約することの必要性について、十分検討した上で解約を決定したのかについては、疑問が残り、むしろ、労働協約の内容等を考慮せず、これまで構築されてきた労使関係のルールの全てを否定するものであったといわざるを得ない。
(イ)会社は、解約が必要となった副次的な理由として、どのような書類がA氏の知らないうちに仕込まれているのか分からず、労働協約を全面的に解約する必要があった旨、会社が労働協約を見たいといっても、分会員らは協約等の資料の開示・引渡しを拒み、労働協約を確認することが困難であり、どのような労働協約が締結されていたのかよく分からないため、包括的に解約した旨主張する。
しかし、会社が、労働協約解約通知書を組合に送付する前に、組合に対し、労働協約の開示を求めたとの主張も疎明もなく、会社が労働協約の開示・引渡しを拒まれた事実も認められない。
このように、会社は、組合に対して、どのような労働協約が存在するかの確認も行っていないのであるから、会社の主張は、単なる憶測に基づくものであって、具体性を欠き、採用できない。
(ウ)以上のことからすれば、会社に正当な解約理由があったとみることはできない。
ウ 次に、会社が労働協約を解約した手続についてみる。
会社は、組合に対して一度も連絡、協議、事前通知等をしないまま、一方的に労働協約解約通知書を送付しており、到底、組合と協議を尽くしたとはいえない。
エ さらに、会社が労働協約解約通知書を組合に送付した前日、会社は、大阪地方裁判所に組合らを被告として代表取締役資格不存在確認等請求事件の訴訟を提起していることが認められ、この時期、会社と組合が対立状態にあったことは明らかである。
オ 以上を総合的に判断すると、労働協約の解約について会社に正当な理由があったとはいえず、また、会社は、組合の合意を得る努力を尽くさずに、一方的に労働協約の解約を通知しており、その時期に組合と会社が対立状態にあったことも踏まえると、このような会社の行為は、組合の弱体化を企図してなされたものとみるのが相当である。
したがって、会社が労働協約解約通知書を組合に送付したことは、組合に対する支配介入に当たり労働組合法第7条第3号に該当する不当労働行為である。
(3)会社が、本件土地及び当該土地上の工作物を売却したことは、組合に対する支配介入に当たるかについて
ア 会社の経営不振は、生コン製造に必要な原材料の供給が停止し、生コンの出荷が行われなくなったためとみるのが相当である。
この点について、組合は、原材料の供給停止は、会社により事前に計画されていたものである旨主張するが、計画的に行われたと断言できるほどの明確な根拠が認められない。
以上のことからすると、会社の経営不振は、組合の弱体化を企図して会社自身によって作出されたものとまではいえない。
イ 会社による本件土地等の売却について、本来、企業が自らの保有する資産をどのように処分するかは、企業の経営判断に属する事項といえ、会社の裁量に委ねられるべきものであるが、明らかに組合の弱体化を企図したものといえるなどの特段の事情がある場合は、会社の裁量を逸脱したとして不当労働行為に該当する余地がある。
組合は、当該売却が組合を弱体化させるための支配介入に該当する旨主張する。
しかし、(a)何ら稼働してない会社が経済的にひっ迫していないとは考え難いこと、(b) 前記ア判断のとおり、原材料の供給が止まったことが会社が自ら企図したものとまで認めることができないこと、(c)本件土地のような特殊な条件のある土地を購入する相手が限られることは想像に難くなく、B社を売買の相手方としていたことが不合理な行動であったとは認められないこと、(d)土地を売却するのに組合との交渉が必要だともいえず、また、売却した以上、プラントをどうするかは会社ではなくB社の判断であるといえること、(e)組合と会社が対立状態にあったことのみをもって、会社による本件土地等の売却が、組合の弱体化を企図したものであったとみることはできないこと、等から、会社による本件土地等の売却について、組合の弱体化を企図したものであったといえず、特段の事情は認められないので、会社の裁量を逸脱したとはいえない。
したがって、会社が本件土地及び当該土地上の工作物を売却したことは、組合に対する支配介入には当たらないので、この点に関する組合の申立ては棄却する。
(4)会社が、希望退職者の募集を行ったことは、組合に対する支配介入に当たるかについて
ア 一般的に、希望退職者の募集自体は、応じるか否かが個々の労働者の自由な意思にゆだねられている以上、希望退職者において募集に応じない対応も可能であり、支配介入に当たらない可能性が高いといえる。しかし、会社が組合員を排除し、組合を弱体化させることを企図して希望退職者の募集を行うような場合には、支配介入に当たる可能性がある。
イ 組合は、不当労働行為意思が推認され、当該会社の行為は支配介入に該当する旨主張するが、(a)前記(3)ア判断のとおり、会社の経営不振は会社自身によって作出されたものとまでいえないこと、(b)団交に応じないことのみをもって、希望退職者の募集行為までが不当労働行為になるといえるものではないこと、(c)会社が希望退職者募集通知を送付した時期は、会社が稼働しなくなってから、ほぼ9か月が経過しており、会社が希望退職者募集を行うことが不合理、不自然な行動であるとみることもできないこと、からすると、会社が団交に応じないことを考慮しても、希望退職者の募集を行ったことが、会社の不当労働行為意思によるものとはいえない。
ウ 以上のとおりであるから、会社が組合員を排除し、組合を弱体化させることを企図して希望退職者の募集を行ったとまではいえない。
したがって、会社が、希望退職者の募集を行ったことは、組合に対する支配介入に当たらないので、この点に関する申立ては棄却する。
(5)本件団交申入書に対する会社の対応は、正当な理由のない団交拒否に当たるかについて
ア 本件団交申入書の要求事項は、希望退職者募集を撤回し、従業員の雇用の確保及び賃金の支払等について具体的見通しを説明すること等であり、これらは、組合員の労働条件その他の待遇に関する事項であって、使用者に処分可能なものであるから、義務的団交事項であるといえる。
イ 会社は、(a)主位的主張として、組合が「代表者」と認めないA氏の行為をもって会社に不当労働行為責任を問うことはできない旨、(b)予備的主張として、(1.)組合は、A氏を会社の代表者として認めてくれないので協議が著しく困難である(正当理由その1)、(2.)団交の目的である労働協約の締結ができない(正当理由その2)、(3.)分会員らはA氏の使用者としての指示に従わないので、団交によって問題を解決できる状況にない(正当理由その3)、(4.)組合は、団交の前提となる労使の信頼関係を悪意で破壊した(正当理由その4)、の4点を挙げて、会社が団交を拒否したことに正当な理由がある旨主張するので、以下検討する。
(ア)まず、会社の主位的主張が認められないことは、前記(1)判断のとおりである。
(イ)次に、会社が予備的主張として挙げた4点の正当理由について順にみる。
a 正当理由その1についてみる。
組合は、A氏を代表取締役と明記した本件団交申入書をもって、会社に団交を申し入れたものといえる。
また、本件団交申入れにおける要求事項は、希望退職者の募集や従業員の雇用確保、賃金支払等に関することであるから、会社の代表者としての権限を行使しているA氏は、団交において、当該要求事項について、説明や協議を行うことは可能であったといえる。
b 正当理由その2についてみる。
本件団交申入書の要求事項は、希望退職者の募集の撤回等であり、このような組合側ではなく会社側に義務を負わせるような内容の合意を求める要求事項について、協定が締結できた場合に、組合側が、A氏が会社の正当な代表者ではないとして、組合側から有効なものではないと評したり、覆滅させたりすると考えることは現実的ではないといえる。
よって、労働協約が締結不可能であったり、労働協約としての意義を持ち得なかったりするという会社の懸念のみをもって、団交を行っても意義を持ち得ないとして団交拒否の正当理由とすることは認められない。
c 正当理由その3についてみる。
分会員らがA氏の指示を聞かないことをもって、どうして団交によって問題を解決できる状況にないことになるのかについては、会社の主張が明確ではない。その上、本件団交申入れにおける要求事項は、希望退職者の募集の撤回や従業員の雇用確保、賃金の支払等に関することであるから、仮に会社の主張する行為が分会員らにあったとしても、このことが団交によって問題を解決することを妨げるとみることはできない。
d 正当理由その4についてみる。
会社と組合との間の信頼関係が破壊されたとの会社の主張は、一定理解できる。
しかしながら、本件団交申入書記載の要求事項は、義務的団交事項である。そうだとすれば、たとえ上記判断のとおり、会社の主張に一定理解できる点があるとしても、それをもって、団交を拒否することが正当化されるとまで判断することはできない。
e 以上のとおりであるから、会社が挙げた4点の正当理由はいずれも、団交を拒否する正当な理由として認めることはできず、この点に係る会社の主張は採用できない。
ウ 以上のとおり、組合からの義務的団交事項に係る団交申入れである本件団交申入れに対して、会社は、正当な理由なく応じなかったのであり、かかる会社の行為は、労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為である。
3 命令内容
(1)労働協約の解約通知がなかったものとしての取扱い
(2)団交応諾
(3)誓約文の交付
(4)その他の申立ての棄却
※ なお、本件命令に対して、会社は中央労働委員会に再審査を申し立て、組合は大阪地方裁判所に取消訴訟を提起した。