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21.N事件(令和2年(不)第4号事件)命令要旨
1 事件の概要
学校法人が、組合員1名に対し、昇進制度に参加させないと決定したこと及び次年度の雇用契約更新に係る電子メールを送信したことが、それぞれ不当労働行為であるとして申し立てられた事件である。
2 判断要旨
(1)学校法人が、A組合員の昇進制度への参加を認めなかったことについて
ア 不利益性について
A組合員は、次年度に昇進し、昇給する可能性がなくなったのであるから、経済的及び精神的な不利益を被ったといえ、不利益な取扱いに当たる。
イ 不当労働行為意思に基づくものであったかについて
(ア)A組合員の組合加入に関する学校法人の認識について
組合と学校法人の接触は、組合が昇進制度への参加を認めること等を要求して、団体交渉申入れを行ったのが初めてであり、学校法人が、昇進制度への参加を認めないことをA組合員に通知したのは、これより前のことである。
しかしながら、A組合員が、校長らに対し、上記団交申入れより前に、組合や「ユニオン」、「労働組合」について記載した電子メールを、複数送信したことからすると、学校法人は、遅くともその時点にはA組合員が組合に加入したことを認識していたということができ、A組合員の昇進制度への参加を認めない方針を固めていた時点で、A組合員が組合の組合員であることを認識していたとみるのが相当である。
(イ)組合員故といえるかについて
a A組合員からの「ユニオンと抗議する」との電子メールは脅迫だとの教頭の発言について
教頭は、同メールを受信する2日前には昇進制度への参加を認めないことをA組合員に通知しており、同メールが送信された時点では、学校法人は既にA組合員の参加を認めないことを決定していたとみられるから、同メールが学校法人の決定に影響を与えることはあり得ないし、また、同メールを根拠に、同決定の時点で、学校法人が組合に対して否定的な感情を抱いていたということはできない。
b 昇進制度への参加を拒否された教員について
(a)非組合員1名が参加を希望しながら認められなかったこと、(b)その後の年度には、当時既に組合加入を公然化していたB組合員が参加を認められたこと、からすると、学校法人が、殊更、組合員に対してだけ参加を認めなかったとみることはできない。
c 学校法人のA組合員に対する高い評価が組合加入宣言後には止まったとの点について
学校法人は、A組合員が組合に加入したことを認識したとみられる時点の前後を通じて、A組合員の教育内容については積極的な評価をしていたとみることができるのであって、学校法人のA組合員に対する評価が、組合加入の認識後に低くなったとはいえない。
d 健康問題が昇進制度参加却下の理由として挙がったタイミングについて
学校法人は、既に団交以前に、A組合員に対して心身の健康について学校として心配している旨伝えているのであるから、団交において、昇進制度への参加を認めなかった理由の一つとして、参加後に予想される仕事量の増加がA組合員の健康に及ぼす影響について説明したとしても、不自然とはいえない。
(ウ)昇進制度への参加を認めなかった理由について
a A組合員の仕事量増加及び健康面での不安について
昇進制度に参加した教員には別に新たな業務負担が生じることが想定される中で、さらにA組合員の健康面が悪化することを不安視し、参加を認めなかったことには、合理性が認められる。
b 他者を善意に解釈するという教員基準の欠如について
A組合員は、校長、教員ら及び産業医が業務量過多による精神面での健康を心配して支援の申し出や助言をしたりしたのに対し、これを善意に解釈することなく、ハラスメントと解していたということができ、こうした態度を、学校法人が昇進制度の判定基準に該当しないと判断したことには、合理性が認められる。
c 再雇用の考えがなく、次年度の昇進を検討する昇進制度に参加させる意味がなかったことについて
学校法人は、A組合員に参加を認めないことを通知する1か月前には、A組合員との雇用契約を更新しない方針を固めていたとみることができ、そうすると、そもそも昇進制度は次年度の昇進を目的とする制度であるから、次年度の雇用を予定していないことを理由に参加を認めないことには、合理性が認められる。
(エ)そして、以上のほか、学校法人が組合に対して否定的な感情を抱いていたと認めるに足る事実の疎明はない。
(オ)以上のことからすると、学校法人がA組合員の昇進制度への参加を認めないことを決定した時点で、学校法人は、A組合員の組合加入を認識していたとはいえるものの、参加を認めなかったことが、不当労働行為意思に基づくものであったとはいえない。
ウ 学校法人がA組合員の昇進制度への参加を認めなかったことは、組合員であるが故の不利益取扱いとはいえず、この点に係る組合の申立ては、棄却する。
(2)校長が、A組合員に対し、次年度の契約更新に係る電子メールを送信したことについて
ア 不利益性について
A組合員は、契約不更新の意思を伝えられることにより、職を失うことへの不安を抱くことになるのであるから、精神的な不利益が認められ、不利益な取扱いに当たる。
イ 不当労働行為意思に基づくものであったかについて
(ア)組合員であることの認識について
前記(1)イ(ア)判断のとおり、校長が電子メールを送信した時点でA組合員が組合員であることを学校法人が認識していたことは明らかである。
(イ)校長がA組合員に電子メールを送信した時期の労使関係との関連について
a 前記(1)イ(ア)記載の団交申入れ以前に組合と学校法人の間で接触はなく、この間、いずれの側にも相手方に対する敵対的な言動があったとは認められないことからすると、学校法人が組合に雇用契約を更新しない意思を伝達して以降、これに組合が反発して対立関係に至ったものとみることができる。
b しかしながら、学校法人が上記団交申入れ以前に雇用契約を更新しない方針を固めていたとみられることから、その後校長がA組合員に送信した電子メールは、労使が対立関係に至る前に、事実上決定されていた契約不更新を通知したもので、労使の対立を受けて送信されたものとみることはできない。
(ウ)不当労働行為意思が存在することの根拠について
a A組合員からの「ユニオンと抗議する」との電子メールは脅迫だとの教頭の発言について
学校法人は、同メールの送信より前に、既に契約を更新しない方針を固めていたとみられ、同メールが学校法人の決定に影響を与えることはあり得ないし、また、同決定の時点で、学校法人が組合に対して否定的な感情を抱いていたと認めるに足る事実の疎明もない。
b 契約が更新されなかった教員について
(a)A組合員と同時期の新規採用9名のうち契約更新を希望しながら更新されなかった、組合に加入していない教員が1名存在する、との学校法人の主張を認めるに足る事実の疎明はない。
(b)一方で、雇用契約の契約時期を迎えた組合員のうち、組合加入を公然化していたA組合員は雇用契約が更新されず、公然化していなかった組合員1名は更新されたことが認められる。
(c)そうすると、雇用契約が更新されなかったことが確認されるのは、組合加入を公然化していたA組合員だけであるが、この事実のみをもってただちに、学校法人が、殊更、組合員とだけ雇用契約を更新せず、その旨通知したとまではいえない。
c 学校法人のA組合員に対する高い評価が組合加入宣言後には止まったとの点について
学校法人のA組合員に対する評価が、A組合員の組合加入の認識後に低くなったといえないことは、前記(1)イ(イ)c判断のとおりである。
(エ)雇用契約を更新しない理由について
a 校長は、A組合員が学校法人での就労を始めて2か月後の時点で、既に、A組合員の業務量が健康に及ぼす影響についての懸念を持ち、A組合員に対し、業務量増加を抑制するようにとの助言をしていたということができる。
b また、A組合員は、学校に勤務し始めて以降、校長がA組合員に対して業務量の増加を抑制するようにとの助言をし、繰り返し支援を申し出る中で、業務量の過多や精神衰弱をはじめとする健康状態の悪化を学校に訴え続け、最終的に学校の支援の申し出を全て拒否している。
c こうした状況において、学校法人が本人の健康を心配して行った自らの助言や支援の申し出に反発し、かつ学校や同僚を非難する内容の発言をするA組合員について、学校法人が、教員基準について重大な不安要因が認められる中、A組合員との信頼関係を構築することも、問題解決に必要な医療の助けを得ることも不可能であると判断したことには合理性が認められる。
(オ)以上のことからすると、校長が、A組合員に対し、次年度の契約更新に係る電子メールを送信したことが、不当労働行為意思に基づくものであったとはいえない。
(3)次年度の契約更新に係る電子メールを送信したことは、組合員であるが故の不利益取扱いであるとはいえず、この点に係る組合の申立ては、棄却する。
3 命令内容
本件申立ての棄却