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10.A事件(令和4年(不)第34号事件)命令要旨
1 事件の概要
本件は、組合と会社との間で、組合員1名の退職等に係る合意書案の作成に関する電子メールのやり取りの中で、組合が会社に話合いの場を持つよう求めたのに対し、会社が、それに応じなかったこと、が不当労働行為であるとして申し立てられた事件である。
2 判断要旨
- (1)組合は会社に対し、電子メールにより団体交渉申入れを行ったといえるかについて
- ア 法令上、団交申入れの様式を定めた条項はなく、組合が団交申入れを行ったといえるためには、使用者に対して、労働者の労働条件その他の待遇や労使関係上のルールについて労働協約の締結その他の取り決めを目標とした交渉を行いたい旨の意思表示を行えば足り、意思表示中に「団体交渉」や「団交」等の文言を用いる必要はないと解される。
- イ 本件においては、組合と会社との間の電子メールのやり取り等の経緯からすれば、組合からの電子メールは、A組合員の退職に関し、会社が支払う解決金から控除するA組合員が負担すべき費用(以下「組合員負担費用」という。)の金額について、双方の主張する金額の差額をさらに縮め、最終的に合意するための交渉を、面談又はウェブ方式で行いたいとの申入れであるといえるから、団交申入れと認められる。
- (2)組合員負担費用の金額に係る事項は義務的団交事項といえるかについて
上記事項は、A組合員の退職に伴って発生する事項であり、組合員の労働条件等に関する事項であるといえる。また、解決金から控除する組合員負担費用の金額については、会社が処分可能であることから、上記事項は義務的団交事項であるといえる。 - (3)会社による団交を拒否していないとの主張について
確かに、会社は組合に対して団交拒否の意図は全くない旨を記した電子メールを複数回送信した事実が認められる。
しかし、会社の送付した電子メールによる通知は、A組合員が退寮月分の家賃を全額負担する旨の意思表示を行わない限り、組合が電子メールにて会社に求めた団交には応じないとの意思表示にほかならない。
また、組合と会社との間の別の電子メールのやり取りからすると、会社の回答は、組合からの団交申入れ事項に含まれる退寮月分の家賃の負担関係の問題について、組合が事前に折れない限り、団交に応じないとの意思表示をしたといえ、本件団交申入れにより組合が申し入れた団交事項に係る団交を拒否するものであるといえる。
したがって、団交を拒否していないとの会社の主張は採用することができない。 - (4)本件団交拒否に正当な理由が認められるか否かについて
この点につき会社は、会社合意書案は全体としてのパッケージ提案であり切り分けられないから、一部のみを切り取っての交渉の余地はなかった旨主張する。
確かに、会社連絡書には「会社としてはこれ以上の譲歩はいたしません」、「今回限りの提案であることをお含み置きください」との記載があることが認められる。しかしながら、労使の主張が対立し、いずれかの譲歩により交渉が進展する見込みはなく、団交を継続する余地はなくなっていたと認められる客観的事情がある場合は格別、そうでない場合に、会社が事前に自らの提案について「これ以上の譲歩はしない」旨宣言しただけで、爾後の団交拒否がすべて正当と認められるものでないから、会社が団交を拒否したことに正当な理由があったとは認められない。 - (5)以上のことから、本件団交申入れに対する会社の対応は、正当な理由のない団交拒否に当たり、労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為である。
3 命令内容
- (1)団交応諾
- (2)誓約文の手交
なお、本件命令に対して、会社は中央労働委員会に再審査を申し立てた。