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13.K事件(令和5年(不)第61号事件)命令要旨
1 事件の概要
本件は、組合員1名の降格等を議題とする団体交渉において、(1)社会福祉法人の理事長が団交に出席しなかったこと、(2)社会福祉法人が、役職者としての適格性に関連した資料の開示に応じず、団交を軽視する発言を行ったこと、(3)社会福祉法人が、組合の質問に誠実に回答せず、自身の主張の論拠を示さなかったこと、が不当労働行為であるとして申し立てられた事件である。
2 判断要旨
(1)不誠実団交について
ア 本件の議題は、組合員の労働条件その他の処遇に該当するものであるから、義務的団交事項である。
イ 以下、組合が不誠実団交に当たるとする社会福祉法人の行為について、それぞれ検討する。
(ア)理事長が出席しなかったことについて
本件各団交には、理事長は出席せず、代理人弁護士及び本部長が出席していたが、本部長は、給与規定については説明を行うなど、必要に応じて発言をし、代理人弁護士は、回答書を読み上げるとともに、組合員の降職についてその理由や経過を一定説明していた。
また、本件各団交において、理事長でないと説明できない事項が具体的にあったとの事実の疎明もない。
したがって、本件各団交には、本部長及び代理人弁護士が交渉権限を有して臨んでいるといえ、その場での処理権限も有していたというべきであり、理事長が出席しないことが不誠実団交に当たるとまではいえない。
(イ)組合員の降格に関して役職者としての適格性に関連した資料を開示しなかったことについて
a 組合は、社会福祉法人が、役職者としての適格性を欠く根拠として、会議における組合員の発言を挙げ、その発言の録音もあると主張したため、録音及び反訳文の開示を求めたところ、社会福祉法人が、これを拒否したことが、不誠実団交に当たると主張する。
b 社会福祉法人は、会議での組合員の発言は降職の理由ではなく、会議の録音を開示する必要はない旨主張する。
しかしながら、社会福祉法人は、会議で社会福祉法人が決裁手続きの問題点を指摘したことに対する組合員の発言を挙げ、経理責任者の適格性を大きく疑わせることになる旨述べている。そうすると、会議での組合員の発言の有無は、降職の直接の根拠とまではいえないにしても、決裁手続きの理解等に関する発言であり、降職理由に密接に関連するものとみざるを得ない。
これらのことからすると、会議の録音及び反訳文は、組合員の降職の理由に関連するものといえることから、団交において開示されるべき資料である。
c 次に、社会福祉法人は、会議では、団交での争点とは別の事項についても話されているため、会議全体の録音の開示は認められるべきではないと主張する。
しかしながら、仮に運営に関わる部分については開示できないとしても、当該発言の前後のみを切り取った部分開示ならば可能というべきである。この点、組合も、団交において、当該発言の部分や前後の文脈がわかる録音と反訳の開示でも構わないと述べているが、これに対しても、社会福祉法人は開示しない旨回答している。
その他、社会福祉法人が部分開示をできない明確な理由を述べたとの事実は認められない。
また、社会福祉法人は、発言部分の録音を開示した場合、組合員はその内容に合わせて主張を変遷させるおそれがある旨主張するが、仮に主張が変遷することになったとしても、その点を団交等で議論すれば事足りるのであって、録音等を開示しない理由にはなりえない。
これらのことからすると、開示しないことに合理的な理由はないといわざるを得ない。
d したがって、社会福祉法人が会議の録音及び反訳文のうち、少なくとも組合員の発言に関連する部分を開示しなかったことについて、社会福祉法人は、組合の要求に対する回答や自らの主張の根拠を具体的に説明し、必要な資料を提示したとはいえないのであるから、不誠実団交に当たる。
(ウ)組合の質問への対応等について
a 組合は、社会福祉法人が、組合の質問に誠実に回答せず、自身の主張の論拠を示すことなく、団交を阻害する発言を繰り返したことが、不誠実団交であると主張する。
b 代理人弁護士が業務内容を誤認しているのであれば、社会福祉法人を代表して出席している本部長が説明する必要があるところ、組合が本部長に対し、誤認があるとして説明を求めたにもかかわらず、本部長は一切発言しなかった。
また、社会福祉法人は組合員に対し、手元にない社会福祉法人の規程の内容を説明するよう繰り返し求めたが、団交の場において、組合員が手元にない規程の内容についてただちに説明しなければならないことはなく、それにもかかわらず繰り返し追及したことによって、結果団交は紛糾し、円滑な進行に支障が生じたといえる。
このような社会福祉法人の態度は、実質的な協議を行う姿勢を欠いた不誠実なものというべきである。
c 社会福祉法人は、会計責任者であった組合員が理事長決裁後の仮払申請書に二重線を引いたことによって、職場に混乱が生じたと主張していたところ、組合は社会福祉法人に対し、組合員が二重線を引いたことによって、現場にどのような混乱があったか質問したところ、代理人弁護士は、聞くということは混乱しないと考えているんですね、と答えるなどするのみで、具体的な回答は行わなかった。
そうすると、社会福祉法人は、組合に対し、誠実に回答を行ったとはいえず、かかる対応は不誠実というべきである。
d 組合は、会議での発言の文脈を社会福祉法人が提示できないということは、社会福祉法人が虚偽の事実を持ち出して組合員を責め立てているに等しい行為だと思うと述べたところ、代理人弁護士は、虚偽である事実を立証するよう求めた。しかしながら、組合員自身が記憶にないと主張している発言について、社会福祉法人がその根拠も示していない状況において、組合が社会福祉法人の主張する事実を虚偽だと疑うのは当然ともいえる。それに対して、社会福祉法人が、虚偽だと立証するよう求めることは、到底誠実な交渉態度とは言い難い。
また、組合員が当該書類に二重線を引いたことによる職場の混乱について、社会福祉法人は、答える必要はない旨述べ、結局どのような支障があったのかについて、団交で説明を行わなかった。
e したがって、本件各団交における社会福祉法人の対応は、組合からの質問に対して真摯に対応したものとはいえず、誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務を果たしたとは到底いえない。社会福祉法人の対応は、不誠実団交に当たる。
ウ 以上のとおり、本件各団交における社会福祉法人の対応のうち、理事長が本件各団交に出席しなかったことは、不誠実団交に当たるとまではいえないものの、組合が主張するその他の点については、それぞれ不誠実団交に当たり、労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為である。
(2)支配介入について
ア 組合は、団交で、社会福祉法人が会議の録音及び反訳文について、団交では開示せず、裁判になれば提出すると発言したことが、支配介入に当たる旨主張する。
この点について、社会福祉法人は、仮に裁判になれば、組合員に弁護士の代理人が就くため、弁護士として法律上の厳格な守秘義務が課されているのであれば、何とか開示は可能であるという趣旨であり、組合嫌悪、組合弱体化を目的とした言動ではない旨主張する。
しかしながら、そもそも団交で組合が求めている資料の開示について、団交での解決を図るのではなく、訴訟提起を求めること自体が、団交での協議を軽視しているものといわざるを得ない。
また、団交において開示すべき資料を、守秘義務が課されている弁護士が就いていないから開示できないというのは、到底正当な理由になり得ない。
イ 以上のとおり、開示されるべき資料が開示されず、円滑な団交での協議に支障が生じたといえるのであるから、社会福祉法人の発言は、組合活動の基本である団交を軽視し、団交機能を阻害するものといえ、ひいては組合の弱体化に繋がるものである。よって、組合に対する支配介入に当たり、労働組合法第7条第3号の不当労働行為に該当する。
3 命令内容
(1)誠実団交応諾
(2)誓約文の手交
※ なお、本件命令に対して、社会福祉法人は中央労働委員会に再審査を申し立てた。