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宮園遺跡
宮園遺跡(みやぞのいせき)
- 所在地:堺市中区宮園町
- 種類:集落跡
- 時代:縄文・弥生・平安・中世
- 調査期間:令和3年10月から令和4年2月
- 主な遺構:中世のピット、土坑、溝、井戸
- 主な遺物:土師器(はじき)、黒色土器(こくしょくどき)、瓦質土器(がしつどき)
宮園遺跡は堺市中区に所在し、泉北丘陵上の緩い傾斜地に立地しています。
これまでの調査から古代(奈良時代・平安時代)、中世(鎌倉時代・室町時代)を中心とする時期の遺跡と考えられています。
今回の発掘調査は、府営八田荘住宅の建替工事に伴って約1,400平方メートルを対象として実施し、中世のピット、土坑、溝、井戸を確認しました。
図1 調査区配置図
溝187(1区)
1区の中央で検出しました(写真1)。埋土は後述する他の遺構とは異なり、白色の砂質土です。この砂質土の中から縄文時代の石鏃が1点出土しました。このことから周囲に縄文時代の人々が暮らしていた可能性があります。
写真1 溝187検出状況(北から)
写真2 出土石鏃
中世のピット群(2区)
中世のピットを多数検出しました(写真3)。明確に建物の形に並ぶピットは無く、その性格は不明です。遺物の出土は少ないものの、複数のピットから瓦質土器の小片が出土しています。
写真3 ピット群検出状況(西から)
包含層出土遺物(2区)
中世の耕作土層から、平安時代の黒色土器(写真4)や緑釉陶器(写真5)、弥生時代の石鏃が出土しました。これらの遺物は中世の開発により混入したものであり、周辺に土器や石器と同時代の人々が生活していたことがうかがえます。
写真4 黒色土器
写真5 緑釉陶器
今回の発掘調査では土層の堆積状況や含まれていた土器から、これまでの調査で検出した粘土採掘坑が掘られていた時期に、周辺で耕作が営まれていたことが明らかとなりました。またこれまであまり出土していない平安時代の黒色土器が多数出土したことから、同時期の集落が周辺に存在していると推測されます。