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更新日:2024年5月22日

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東郷遺跡現地公開資料

遺跡の概要

東郷(とうごう)遺跡は八尾市のほぼ中央に位置する、弥生時代中期から鎌倉時代にかけての遺跡です。周辺には北に萱振遺跡(弥生時代から江戸時代)、南に成法寺遺跡(弥生時代から鎌倉時代)、西に久宝寺遺跡(弥生時代から室町時代)、南東に小阪合遺跡(弥生時代から室町時代)が隣接しています。今回の調査区周辺の過去の調査では、弥生時代後期後半から古墳時代初頭(3世紀頃)にかけての溝、古墳時代中期(5世紀)の竪穴住居、中世から近世にかけての耕作溝や井戸などが見つかっています。

調査成果

今回の調査は大阪府八尾警察署の建て替えに伴い実施しました。調査地の西側では古墳時代初頭の溝や土坑、古墳時代中期の柱穴や土坑、中世以降の耕作溝が見つかりました。中でも古墳時代前期の土坑からは、壺や甕などの土器とともに、鉄製品が出土しました。当時の鉄は貴重品であり、古墳から出土することが多い一方で、集落域での出土例は多くありません。

調査地の東側では、古墳時代前期の掘立柱建物2棟、竪穴住居1棟、井戸、土坑、古墳時代中期の土坑、中世以降の耕作溝が見つかりました。掘立柱建物は、いずれも2間×1間の大きさです。建物の軸は北西-南東を向いています。建物01の規模は4.2m×3.2m、建物02の規模は3.1m×2.7mです。竪穴住居は南北5.5m×東西5.6mの隅丸方形です。住居内には屋根を支えていた4つの柱穴があります。南辺には礫を敷き詰めた部分があります。また中心には炭が溜まっており、炉の跡と考えられます。井戸の中には、上層と下層にそれぞれ壺や甕などの土器が置かれていました。上層と下層の間には板材や腐食した植物が溜まっており、井戸は一定期間使用されたと考えられます。

まとめ

今回の調査では古墳時代前期から中期にかけての人々がこの地で生活していたことを改めて確認することができました。これまでの調査をふまえると、今回発見した住居が調査地周辺の集落の北端に近いものと考えられます。また住居周辺に土器を置き、当時貴重品であった鉄製品を置いている事例は少なく、貴重な成果です。今回の調査はこの地の歴史を考える上で大切なものであり、重要な成果となるでしょう。

現地公開資料はこちらから→東郷遺跡現地公開資料(PDF:21,092KB)

地図

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