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更新日:2013年11月25日

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第12回 大阪府広域自治制度に関する研究会開催結果 概要

  • 日時:平成20年8月28日(木曜日)午後6時から午後8時
  • 場所:大阪府公館
  • 出席委員:
    (座長)新川達郎 同志社大学大学院総合政策科学研究科長
    山下 淳 関西学院大学法学部教授
    中井英雄 近畿大学大学院経済学研究科長
    玉岡雅之 神戸大学大学院経済学研究科准教授

1 開会

挨拶

企画室長

今月1日に庁内に「地域主権プロジェクトチーム」が設置された。知事の就任直後に設置された「重要政策プロジェクトチーム」と「改革プロジェクトチーム」に次ぐもので、大阪版地域主権システムの具体化に向けて、4つの作業を進める予定。すなわち、

  • (1)市町村に対して新たに移譲する権限の決定
  • (2)府補助金の交付金化へ向けた制度設計
  • (3)大阪の将来像として関西州のイメージを提示
  • (4)分権型社会の実現に向けた国への働きかけ

このうち大阪府の将来像として、関西州の姿(イメージ)を描くというミッションについては、これからまとめて頂くことになる「最終報告」をはじめ、これまで御検討いただいた内容を活用させていただきたいと考えている。

さて本日は、「最終報告」の取りまとめに向けた最初の議論をいただく予定。お手元に事務局から「たたき台」を用意させていただいているが、これまでの多岐にわたる御議論を網羅しきれていない部分や、表現の至らぬところも多々あると存じ上げる。忌憚のない御意見をいただきながら、年内に予定いただいている最終取りまとめに向け、ブラッシュアップしていきたい。

それでは、座長の新川先生に議事を引き継ぎたい。よろしくお願い申し上げる。

2 議事

最終報告(素案)について

事務局

⇒資料1「第11回会合論点整理」、「『最終報告』(素案)」について説明。

座長

それではご自由に議論いただきたい。

中井委員

最終報告の第2章「道州制の制度設計に係る基本的考え方」では7項目について考えが示されているが、第3章の「おわりに」の冒頭部分では、6つの論点から整理を行ったと記されている。この違いについて何か意図があるのか。

事務局

第2章の3(国・道州・市町村の役割分担の調整)については、第3章「おわりに」の冒頭部分(1)「国・道州・市町村の役割分担と関係」の文言の中に、その内容が集約されるものと考えている。このため、第2章では7つの論点をあげたが、「おわりに」では論点が6つという形となっている。

中間論点整理を行った際、論点として6つご指摘をいただいた。しかし、その後、役割分担の議論をした際に、事務については国から道州、市町村におろしていくという考え方ではなく、ダイナミックに市町村から事務を積み上げていく、事務を市町村から配分していくというプロセスがあるというご指摘をいただいた。このため、その内容(役割分担の調整)について第2章で一項目を設け詳細を述べたが、論点としては大きく6つにまとめることが出来ると思う。

中井委員

9ページのイメージ・マトリクスについては、中間論点整理の中で、道州制をイメージするものとして相当なインパクトがあったと思うが、最終報告では、そういうインパクトが若干弱い気がする。

13ページでは、国・道州・市町村の事務配分プロセスのイメージを示しているが、個人的な感想として、9ページのイメージ・マトリクスに比べればインパクトが弱い。それだけ中間論点整理のイメージ・マトリクスが出来すぎているのかもしれないが・・・。

事務局

中間論点整理を行って以降、様々な御議論をいただいた中で更に整理ができた点は主に2つある。当初は、道州制を導入した時に、国としての一体性であるとか、国全体で整合性の必要なもの、或いは統一性の必要なものを、どういう風に整理していくのか非常にイメージし辛い状況であった。そのため、道州制導入後もある一定の役割を国が担わざるを得ないと考えもしたが、それを認めてしまうと分権が進まなくなるため、どういう形がいいものか考えていた。

そういった中で7ページのイメージ図では、全国共通事務というものを地方の事務区分として設け、これを地方同士が話し合って全国共通性というものを作れるのであれば、別に国法に定める必要はないという考え方が整理できた。国法が一定の規定をするという考え方を残してはいるが、この点についておおよそのイメージはできた。

もう一点は、関西で道州制を考えるときに政令市の問題が付いて回る。この問題に関しては17ページ以降で考え方を示しているが、政令市は単独州(独立州)ではなく、道州の中に包括される基礎自治体であることが前提。しかし、道州が一方的に枠組みを決め、そこに政令市を押し込むのではなく、行財政能力を持った優れた基礎自治体という認識の下で、道州と政令市が互いに協力をしあって、広域的な課題に対応していかねばならない。それを確認できた。

現行の府県と政令市との間では、一定の地域的な財政調整機能があり、これは道州制導入後にも残していかねばならないと考えている。そこまで最終報告に記せたことは大きな成果だと思う。

玉岡委員

今までの道州制の議論では、国の仕事を先ず決めて、その後に道州・基礎自治体の事務を考えることが通例であった。しかし、この研究会では、先ず市町村の事務を考え、その事務を積み上げるような形で道州、国の事務配分を行うことを前提とした。結果として残った事務が国の仕事ということになる。

国の事務配分から考えた場合と、基礎的自治体から事務配分を考えた場合は、結果が大きく変わる。市町村自治を最優先に考えたことが、この研究会の大きな特徴だと言える。

座長

道州でも対応しきれない事務だけが国の仕事となるが、恐らく国の仕事は殆どなくなるであろう。

事務局

これまでご指摘いただいたことを踏まえ、13ページのイメージ図では、国・道州・市町村の事務配分をフレキシブルな形で示している。しかし、税財政制度の議論の中で、税源配分のあり方は役割に応じて考えるという話しがあった。役割分担に柔軟性を持たせている中で、どのように税源配分を決めていくのか気になるところである。役割分担をある程度固めなければ、税源配分をする際に対応できなくなるのではないか。

座長

道州制導入後も役割分担や事務権限は修正しながら考えていく、そういう仕組みを作ることが大前提。税財政制度においても同様である。基本的な考え方として課税自主権と財政調整が必要だと言ってきたが、実際の運用は、国・道州・市町村が、それぞれどういう役割を果たしていくか決めながら考えていく。これまではそういう議論をしてきたと思う。

課税自主権および財政調整の原則をどのように考えるのかをきちんと確認しておけば、特に問題はない。

事務局

市町村の事務について最低限実施しなければならないものを定め、その上で自主的に制度設計を行う。これは理解できるが、市町村によっては、ある事務に関して対応できない(しない)という選択をするケースが考えられ、その事務権限を道州に委ねるということも想定しておかねばならない。そういった場合に、事務配分と税源配分の関係をどのように考えればいいのか整理できていない。

座長

その場合は、話し合いを行うしかない。そういう場を設けることが必要。

中井委員

事務配分や財政調整の当初の形はあくまでも「初期設定」と考えることが大切である。道州制を導入する時に、はじめから精密で正確な制度設計を行ってしまうと、非常に窮屈な運営を強いられてしまう。座長が指摘したように、当初の制度設計は、初期設定として柔軟性を持たせ、状況に応じて修正を繰り返しながら制度を作り上げていく方がいい。

話は少し変わるが、連邦国家と単一国家は憲法の規定で決められると思っている。だとすると、連邦国家と単一国家は明確に区別されており、その中間的な国家はないと言える。例えば、連邦国家であるオーストラリアが単一国家を目指しているという学者がいる。もちろん、そうではないという議論もある。アメリカの諮問委員会では、オーストラリアは連邦国家として非常に安定しているという見方をされている。けれども、オーストラリアはアメリカのような連邦国家ではない。

オーストラリアとドイツは協調的な連邦国家と言われている。個人的な考えだが、単一国家である日本が連邦国家のような制度設計を行うことは難しい気がする。

財政調整制度では中間州が困難州と富裕州の調整役を担うということを言ってきたが、関西州が中間州になることから、そこをうまく最終報告で伝えられればいいのではないだろうか。

山下委員

13ページの事務配分のイメージは、もう少し簡単で大胆な図にならないかと思う。

事務配分については、現行の体制から国・道州・市町村に移行することになるため、調整システムをきちんと設けた上で行わねばならない。国・道州・市町村がそれぞれの立場で事務の実施の必要性を主張した時に、協議が出来るプロセスと場を設けておけば、微調整を行いながら制度自体が落ち着いていく。そういう楽観的な考え方をこれまでの議論の中で示している。そういった部分を、このイメージに組み込めないものか。また、9ページのイメージ・マトリクスと、13ページのイメージがうまく繋がっているのかも気になる。

事務配分の微調整を検討する際、事務についてだけ議論を行うだけでなく、当然に税財源の議論も必要となる。例えば、国と道州との間で仕事の配分を変更した場合、それに対応した税配分も同じように変わることとなる。

また、事務の実施についても各道州で足並みが揃わないケースや、道州の中の基礎自治体においても事務の実施において独自色を出すケースも考えられる。そういった場合は、一般的な協議の場で調整を行うのか、或いは受益と負担の関係から個別具体的に対応を考えるのかということについても検討が必要。

調整システム(プロセス)を構築することにより、事務配分や税配分については微調整を繰り返しながら納まるところに納まる。それをどこまで最終報告で示すことができるかがポイントとなる。事務配分と財政調整について、もう少し共通性を出せないものだろうか。

玉岡委員

これまでの我々の議論では、事務配分の初期設定をフレキシブルにすることで意見が一致している。先程から話しが出ているように、その場合、財政調整に少し問題の生じる可能性もあるが、道州制導入時はフレキシブルな形であっても、国・道州・市町村に事務が配分され、それに見合う形で税配分も行われる。例えば、それで1年が経過した時に、全てがうまく機能しているということも想定できなくはないが、恐らくいくつかの問題が生じることになる。ある州には税源に不足が生じたり、逆にある州には税の配分が多くなり過ぎたりということも考えられる。また、市町村に対する税配分がうまくいかない等の問題が起きる可能性も否定できない。このような状況になった場合は、協議の場で微調整を行っていけばいい。協議の方法は、税財源から事務配分を考えるのか、或いは事務配分に合わせて税配分を考えていくのか、色々な方法があると思う。初期設定に柔軟性を持たせても、ケースバイケースで事務配分や税配分等を決めていけばいい。

山下委員

税配分については事務配分の大きさ(量)に合わせるというのが原則にあるが、一般の国民が見ても分かるような形で、その算定方法を考えるべき。仕事に対応した財政力が必要だが、初期設定の段階では事務配分・税配分ともにフレキシブルなものを研究会では想定している。

その上で、玉岡委員ご指摘のように、状況に応じて事務配分や税配分を調整していく。そういうプロセスが重要になってくると思う。

座長

道州間や市町村間でかなりの格差を生じても、道州制下では止むを得ない。前回研究会の議論では財政力指数が0.3から0.6 の間は実質同じレベルで考えるという話が出たが、考え方にそれぐらいの幅を持たせることは、分権社会、或いは道州制へ移行後の市町村中心の地域運営を考えていく上で当然のことである。

現行の地方交付税の算定基礎のように、一つ一つ細かく積み上げていかないといけないような仕組みを止めることが大きなコンセンサスとしてある。また、それぞれの地域に格差があることを、それぞれの地域がどういう風に受け止め、どういう風に克服していくのか、そういうことを自治の観点から考える。これが、道州制の基本になる。道州制は地域のあり方を前提にした制度にしていかねばならないことから、導入後は事務を積み上げながら、また見直しながら、それぞれの地域の自主的な選択が常にできるような仕組みを維持していく。そういう趣旨で考えていくことが重要だと思う。

事務局

財政調整制度の議論の際、初期値の設定はシンプルに考えるというお話しをいただいたが、税源配分を考える時も仮想の初期値として、シンプルで緩やかな役割分担のあり方を考えた上で、おおよその税源配分をしてみる。その後は、その都度調整を繰り返して行う。そういうイメージでいいのだろうか。

座長

多少、制度設計に不備が生じても、微調整を行いながら修正していく。そういうイメージである。

事務局

今の分権改革の議論の中では、国が勝手に義務付けた仕事が増えるばかりで税源が移譲されていない。最終報告では、それを変えるために道州制を導入すべきと記している。役割分担を決めれば、全て地方に税源を移譲するという視点に立っているが、そういう部分で国と地方の考え方に齟齬が生じているのかもしれない。

中井委員

諸外国の状況を見ると、ドイツは協調的な連邦国家と言える。それは、ドイツが統一された時、旧東ドイツには多くの弱体州があり、旧西ドイツの強力州との格差が大きかった。旧東ドイツの弱体州の財政力をどのような方法で安定させたかと言うと、連邦と強力州や中間州が共同で財政調整を行ったのである。このことから、個人的な定義ではあるが、ドイツは協調的な連邦国家といえる。

カナダでは、弱体州の存在があっても、強力州はそれを助けたりはしない。連邦だけが財政調整を行う。アメリカも同様であるが、カナダやアメリカは州同士で横の繋がりを持たないことから、競争的な連邦国家と言える。

戦後のドイツを例に初期値について考えると、連合軍が連邦政府(ナチス)の権限を弱めるために、所得税・法人税を全て州の税収とした。これが、ドイツの初期値であった。弱体州をどう救ったかというと、所得税・法人税の税収がない連邦政府に弱体州を救うだけの税源がなかったことから、強力州や中間州が弱体州に対し財政調整を行っていた。州の税収は100、連邦政府の税収は0という時代が続いていた。1969年の基本法(憲法)改正により、税配分の割合が連邦政府と州で1対1に変わった。

競争的な連邦国家であるカナダを例に考えると、カナダは戦争に勝った国であるが、元々カナダの所得税・法人税の一部は州の税収であった。しかし、戦争が始まると同時に国がこの税収を奪い取り、その税源を軍事費に充てた。戦争が終わると、州がこの税収を連邦政府に返還するよう求め、それを少しずつ連邦政府が州に分配していった。その結果、今の税配分は1対1となった。

オーストラリアは、州が自主財源を欲しいと言わない国である。所得税・法人税を連邦政府が全て握っていても、州は何ひとつ連邦政府に訴えかけない。現在、北部ノーザンテリトリーを自治政府にし、6州と2つの特別地域があるが、その地域の財政調整については、連邦政府と州がそれぞれの財源を削り行っている。オーストラリアでは税配分が連邦政府と州とでなかなか1対1にはならないが、単一国家を目指しているため、こういうことも有りうると思う。

日本における道州制の初期値はコンパクトに設定し、その後に微調整を行っていくというイメージがいいだろう。

玉岡委員

世間では道州制のイメージをし辛いという声を聞くが、一つ整理できたのは中井委員が以前におっしゃっていたように、道州制を考えることによって知らなかった隣の府県の状況を理解しようとする。それが一番大きいことだと思う。

座長

我々の議論の大きな特徴は、他の道州との関係、政策や法律・制度・基準の共通化、その間での協力体制の作り方、ネットワークの作り方、そういう部分を協調して考えているところが非常に大きな特徴である。

垂直的な国・道州・市町村間での協議の仕組みも議論していたが、もう一方で道州間での協議の仕組みについても随分議論をした。水平調整を前提とした道州制が、この研究会でのイメージに近いと思う。

連邦制の議論の中で協調的連邦国家という話しが出たが、これに関しては色々な議論がある。例えば、アメリカでも協調的連邦主義という言い方をしており、特に20世紀に入ってからのアメリカはそう(協調的連邦主義)言われている。南北戦争の頃までは、どちらかというと分離主義的連邦国家と言われていた。要するに、連邦と州政府の間には決然とした溝があり、また各州の間において
も決然とした溝があった。そういう図式である。それを克服する、つまり、ひとつの国に近づけていくモーメントが働いた。それは、経済発展、道路交通網の発達が要素にあるが、その中で、法人所得を連邦政府の税収にし、また20世紀の半ば以降は、連邦政府が従来の州や市町村の権限を見直し、地域の問題に直接関わり始めるなど、かなり大規模な改革があった。市町村があり、州があり、連邦政府があり、その間は完全に分離をしていたが、それぞれが協力・協調する、そういう連邦制に変わってきた。アメリカは、連邦制を取りつつも単一国家に近くなってきている、そういう評価をする人もいる。そういう意味では、純粋な連邦主義はない気もするのだが・・・。

逆に今は、単一国家から連邦制に移行する、或いはそれに近い体制にしていこうということで、ベルギー・イタリア・フランスなどにそういう動きがある。そういうところでは、単一国家と連邦国家を明確に区別することは難しく、その中間的な国家の出てくる可能性もある。

玉岡委員

今、ベルギーの話が出たが、連邦制のような体制に移行していく中で、税財政制度も大きく変わるなど試行錯誤の状態が続いている。ベルギーとしては目新しい税である法人税を導入したが、うまく機能していない。道州制導入後も初めのうちは試行錯誤の状態が続くだろう。

山下委員

日本の場合には、連邦制は馴染まない。しかし、限りなく連邦制に近いような地方制度というのが望ましいのであろう。それを前提とした議論になる。そういう議論をした時に、ともすると国との関係を中心に議論が進んでしまう。地方分権の議論はどうしてもそうなってしまうのだが、それに対して道州間なり、市町村間なり、お互いの競争と協調の関係をどう作るかが今回の議論の焦点だったため、そういう意味でこの研究会の議論はうまくいったと思う。

国との関係でどう自立するか、或いは如何に自由に自治体運営をするかを議論するよりは、隣の府県を意識しながら制度設計を行えば、自ずと納まるところに納まる。そういう考えの方が道州制のイメージとしてはいいと思う。

中井委員

以前、山下委員は、道州や市町村が独自の戦略を持って自治体運営をしないといけないという話しをされていた。それが非常に深く印象として残っているのだが・・・。

山下委員

道州や市町村がこの先10年、20年、50年、100年、どういう風に地域経営を行うか、産業・教育・福祉など色々な面で、自分たちの地域をどうガバナンスしていくか、大きな方向性は各自治体で戦略として持たないといけない。そういう話しをした記憶はある。戦略をしっかり打ち出せば、その地域間の自治体でいい刺激にもなり、また色々な面での協議の場を持つことに繋がっていくと思う。それぞれの自治体が主張するものがあって、初めて話し合いの場を持てることになる。また、事務を実施する上での調整が図られる。それには、お互いが戦略、主張をしっかりもっていることが前提である。

中井委員

それぞれの地域が、自分たちのエゴイズムを主張するなど競争する場合もあるだろうが、全てエゴイズムだけで物事を考えるということではなく、自分たちの地域経営において戦略をしっかり持って事務配分を決めていく。そんなイメージを13ページの事務配分のイメージに組み込めないだろうか。

事務局

13ページのイメージとは別に、事務配分プロセスのイメージを明確に打ち出せるような図を考えたいと思う。

山下委員

道州制導入後、事務配分のプロセスが動き出すきっかけ、或いは微調整のきっかけとなるのは、それぞれの市町村の状況に応じた自己判断が大きく左右する。例えば、ある事務をする能力や組織力が不足しているために、その事務を道州に委ねたり、或いはある事務に徹するために一部の事務を道州に委ねるといった、そういう意見が色々出てくるかもしれない。そういう方向性をある市町村が持ったとすれば、隣接する市はどういう反応を示すだろうか、或いは州の方はどう受け止めるだろうか。こういうことを議論する場とプロセスが必要。その際に、各自治体から色々な意見が出る。それを参考に、自治体運営がいい方に変わる気がするのだが・・・。仮に、誤った戦略を持った自治体が存在しても、各自治体がその間違いを指摘する。そういう協議の場を持つことは非常に大事ではないか。

座長

戦略を変えようと思えば、それは他市と協調をして一緒に変わっていかなくてはならないと思う。それが、それぞれの戦略の実現に向けて重要になる。

事務局

4ページから5ページに、国の役割を限定列挙する、また、本来国の役割であるべき事務を地方に押し付けられないようにするなど、国の専管事務を具体的に明らかにすべきというイメージで記されているが、これは書き方を少し変えた方がいいのだろうか。

座長

変える必要はない。従来の制度の枠組みを出発点として最低限度の国の仕事を決める方が制度設計(初期設定)はしやすい。

山下委員

9ページのイメージ図でもそうであるが、コンパクトな道州をスタンダードに、導入時の初期値を設定する。しかし、社会や国際社会が日々変化していく中で、事務配分や税配分なども動かしていくというダイナミクスがあっていい。そういう整理の仕方になるのではないだろうか。

座長

基本的な出発点は、コンパクトな国、コンパクトな道州、自治・地域・暮らしを担う市町村、こういう初期設定でのイメージとなるが、実際の中身がどうなるかは、その初期設定から出発をする後のプロセスで、道州や市町村の形やあり方がどんどん変わりながら決まっていく。それが我々のコンセンサスである。

中井委員

私は報告書の中身を変える必要はないと思う。初期設定をし、事務再配分のプロセスをきちんと踏んで、戦略を持って自治体運営を行う。こういった一連の流れをどう最終報告の中で印象付けるか、どうインパクトを与えるかが問題だと思う。

関西州のイメージを描くのではなく、初期設定をし、その後はプロセスや戦略、社会状況等の変化によって制度設計も変わっていくということを示せればいい。先程も言ったが、最初から精密で正確な制度設計を行うことはできない。中身はどんどん変わっていく。それを最終報告でもっと強調できればいいと思う。

事務局

これまでの議論を踏まえ最終報告をまとめたつもりであるが、違う受け止め方をしている可能性もあるため、どの点にポイントを置き、どこを強調するか、本日の議論を踏まえ、事務配分プロセスのイメージをもう少し打ち出していければと思う。

中井委員

各道州が「1+1=3」にする意欲がなければ、道州制は破綻する。しかし、「1+1=3」になるために、企業誘致を目的に各州が大幅な減税をするなど道州間の競争が悪い方向にいけば、協議の場で調整をしなければならない。道州間での競争と協調すべき部分がプロセスを動かす力となる。

話は変わるが、物事を考えるときの原理は効率と公平しかない。最近分かったことは、公平には莫大なお金がかかる。地域の公平を維持しようとするとき、非効率にしていては公平さえも維持できない。

自治体の財政が悪化した時、色々な福祉サービスを削らざるをえない。公平の為には非常にコストが掛かるため、コスト分を維持できる力がなくなる。それは戦略ミス等のあらゆる要素が考えられるが、「1+1=3」というような戦略がなければ、道州制は始めから立ち行かなくなる。そうなれば、中央集権国家となってしまう。

座長

事業に失敗をすることはあるが、その場合、周辺の自治体から協議の場で、改善策やその方法について指摘を受ける、そういう権利や義務は各自治体にある。協議の場、協議に参加する仕組みは作らないといけない。また、各自治体に協議の場の参加だけは義務付けるようにすることが重要。

山下委員

周辺都市の状況を観ながら政策決定を行うことは重要である。しかし、他方で選挙の結果等で大きく方向転換する自治体も出てくる。批判的な話しも含めて、各自治体間の協議の場を設定することは大事。それさえ設定すれば、制度設計にある程度の違いが出ても、方向性が大きくずれることはないだろう。極端に言えば、協議の場をしっかり設け、お互いが協調しあえば、財政破綻するような自治体は出てこないだろう。

座長

道州制導入後は、それぞれが自立した自治体運営を行うことになるから、各地域がしっかりと戦略を持って生き抜かねばならない。そういった部分を確立しなければならない。しかし、もう一方で、アウトローな選択をしても周りが迷惑するため、そこをきちんと調整する、自立と協調をどう図っていくか、それがポイントになる。

話は変わるが、最終報告の中で、大都市制度のあり方については、指定都市の権限配分の図しかないが、もう少し、どういう特例を設けるかというプロセスが見える形の方がいいのではないか。また、都市間連携の話しであるとか、大都市と道州が参画する都市基盤機構みたいなものを考えるという議論を行ってきたが、そういった部分を少しイメージとして図にできないものだろうか。

事務局

19ページの(4)で具体的な仕組みとして項目を挙げて示している。同じく19ページの(5)についても地域間財政調整機能について示しているが、これを図としてイメージできるように修正してみる。

山下委員

大都市の問題を考えるときは、道州と大都市を連動して考えるべきであって、大都市だけ考えるべきものではない。大都市と周辺の地域の圏域と道州との関係を描けないだろうか。大都市があって、その周辺があって、そして州がある、そういう大都市圏をどうイメージするかである。

事務局

関西を考えた時は大阪だけでなく、都市圏というのは京都・神戸を含めたものになっているため、その都市圏と道州全体との関係をどう考えていくのかがポイントだと思う。しかし、自治体としては、それぞれが基礎自治体となり、それぞれが計画なり戦略を持ってやっていく。それとどのように調整を図るかが問題となってくる。大阪市だけを限定し考えるということではなく、都市圏をどう捉えるかという話しはご指摘のとおりだが、それを図にするのはイメージし辛い気もするが・・・。

座長

大都市問題については、政令市だけでなく周辺都市も含めた都市圏という枠で政治・戦略を考えるような仕組みが必要だという議論をしてきた。道州にとって大都市問題は死活問題となることから、道州がこの問題に関わらざるを得ない。そういったイメージの中で、都市圏整備をどうするか、その費用負担をどうするかというようなイメージを図にできないものか。

山下委員

政令市は基礎自治体でもあるが大都市でもあるため、制度の運用上、始めのうちは多少の混乱(問題)があると思う。しかし、政令市は大都市圏のコアの部分を担っているため、自らが実行する仕事、或いは周辺自治体と連携するもの、或いは道州も巻き込んで事務を担うもの、色々なパターンで事務を担うことになる。そういうイメージを作ればいいと思うのだが・・・。大都市圏の中心として政令市がどういうことを担っていくのか、それを図にすればいい。

事務局

ご指摘のとおり、ここでイメージしているのは大都市圏域ではなく、政令市自身が大都市として色々な機能を集積しているために、一般市町村以上のことを実施したくなる、そういう表現に止まっている。圏域の中でのコアな存在としての表現にはなっていない。

山下委員

例えば、大阪市を中心とする大阪の都市圏は、圏域として自分たちで事務を担う、そういうイメージを出した方がいい。

座長

関西の場合は、大津から姫路までの都市の連たんを、どういう風にこの圏域の機関車役にさせるか、非常に大きな意味を持つ。ここが「1+1=3」になる大元になる。その仕組みは考えた方がいい。

政令市は道州機能を含めて政令市内のことはしっかり行ってもらわねばならないが、当然隣接する市町村と協調しなければならない。大都市圏域として相互に協力をし、協調をする。或いは、共通の大都市圏計画、戦略計画を立てる、といったようなイメージでまとめられるといいと思う。逆に、そういうことでないと、関西州らしくないと思う。

山下委員

大都市の担う仕事の話しになると、すぐに二重行政というような話になりイメージがよくないが、そういうことでなく、大都市圏域として、道州の心臓部を担うところとして何が期待されているか。そういう圏域のコアの自治体として、どういう可能性と、どういう責任を担ってもらわないといけないのか。それを考えることが重要である。二重行政というような後ろ向きの話をするより、「1+1=3」になるように、大阪・京都・神戸には責任を果たしてもらう、そういうニュアンスを込めた方がいい。

中井委員

23ページでは「国のあり方」について記されているが、結局のところ、色々な議論を重ねてきたが、最後まで行政組織としての‘国’の実態を把握するまでには至らなかった。‘国’を理解することがこんなに難しいものだとは思わなかった。

座長

今の国の仕組みは、ヨーロッパの体制をベースにしており、一つの国、一つの国民を前提に議論がされている。ヨーロッパの体制を基本とすることを約束事に日本の国のあり方は考えられてきた。

主権国家というのは不可侵であり不可分であると考えられているが、これだけグローバル化が進む中で、そんなことはあり得ない。国家間の協調であるとか、国際社会の圧力、こういうことを考えると、独立した国家というのはあり得ない。また、独立した政府の機能というのもあり得ない。国家の政策そのものも、地方の影響、国際社会の影響があって、各国の政策がいくつかの異なるレベルの圧力の下で作られたり、変わっていったりしている。そういう状況である。行政はもろにその影響を受けている。

例えば、地球温暖化の問題を一つとってみても、国際的な状況であるとかグローバルなマーケットで進んでいるようなことを、国内の内政に反映させねばならない状況である。そういう意味で、マルチレベルのガバナンスが働き始めている。そうすると従来の一国のガバナンスって一体なんだったんだろうという話になる。ただ、そう言っても国がなくなるわけではないが、従来考えられていた独立した国で内政不干渉ということはあり得ない。

事務局

23ページの「国のあり方」については、書き足りないと考えていたが、国の実態が見えない分、なかなか難しい。

山下委員

23ページは国の話しになっているが、国の行政組織のことであるため、なかなか書きにくい。国の行政組織の実態を把握するのは難しく、基本的な書き方はこれでいい。

座長

多少書き足すとすれば、国に対する議論は主に行政府の問題を議論していることと、行政府自体が従来の行政府のイメージではなく、分権・グローバル化などの影響により変化をしていかざるを得ない、そういうところをしっかり書いておけば十分である。

山下委員

突き詰めて言えば、憲法改正まで含めて国会をどうするか、今の二院制でいいのかという話しもある。或いは、国会の活動自体に枠をはめられるかという議論もあるが、そこまでの議論はする必要はない。この書き方でいいと思う。

中井委員

他の道州制の研究会では、コンパクトではなく仕事を増やすことが道州制だと思っているところがある。しかも仕事を増やすという話しは、実態の分かりづらい国の支分部局までも取り組んでいる。

例えば、大阪府の実態を把握するとした場合、知事部局、財政課、市町村課、企画室、教育委員会を見れば大体、意思決定に至るプロセス等も把握できる。何を言いたいかと言えば、国の仕組みを把握できていない中で、その事務権限を地方が担うことは、コンパクトな道州を前提に議論するこの研究会の視点と逆行する行為となってしまう。どういう行動を取っているのか、どういう組織か分からないのに、国から事務を移譲されるとすれば、初期値設定の際に最悪の事態に陥ってしまう。そういう意味で、国の実態が把握しづらいと記しているのは、そのとおりだと思う。

事務局

そういう把握しづらい組織はよくないということをメッセージとして込めた。もう少し透明性の高い仕組みに変えないといけないという思いで記した。

山下委員

ただ、大阪府でも色々な外郭団体等を入れるとわかり辛い部分はあると思う。確かに、府県や市町村レベルでは、出先といってもそんなに意思決定を委ねられている訳ではなく、また予算を多く持っている訳ではないから、ある意味では本庁の手足というイメージではあるが、国の出先機関は、それぞれが事業部化し、かなりの権限を持っている。

座長

稟議はするが、出先が実質の権限を持って決定しているところもある。しかも、一応行政権が分割されているため、各府・省ごとの行政になり、そこで一貫する。また、縦割りとその内部での中央・地方割りというものが絡み合って、しかもそれに、関係団体等々がくっついてくるため、組織として分かりづらいと言わざるを得ない。

山下委員

人事の方法も国と地方では全然違う。

道州制を導入する上で重要なのは、コンパクトな政府を形成すること。もう一つは、国の地方支分局が執行している事務が道州に移行される時に、それを執行できる能力を道州が兼ね備えることが必要。但し、それは同じような組織体制、人員ではなく、仕事の仕方自体が道州独自のものにならなければならない。そこがポイントだと思う。国の地方支分局で行っていた仕事を道州が担うとき
に、事務の執行方法を踏襲するのではなく、違う方法で道州が行う。その変化が重要である。仕事量の話しではなく、仕事の質をどうするかだ。

座長

国の仕事をどうするか議論するとき、基本的な方向性として「分権」があることから、分権の観点から行政の体系をどう変えるのか、民間委託等も含めて検討する必要がある。このような議論があった上で、道州の仕事、市町村の仕事を考えていくという発想でいいと思う。従来の国・都道府県・市町村の仕事をトータルに見て分け直すという発想ではないということを強調したい。官と民の関係、国・道州・市町村との関係を組み合わせとして考えていきたい。そういう風に整理をした上で、なお道州でまとめて行う意義のある仕事、つまり従来とは違って道州でやることで「1+1=3」になるような、そういう仕事の仕方を考える。事務を量的にも整理をしながら、質的な転換を図る。そういうことがないと国の姿は見えてこないし、道州・市町村の将来の姿も出てこない。

初期値は設定するが、微調整を行いながら将来に向けて制度設計を行う、そういうイメージになる。

事務局

P14で税源配分のあり方について記しているが、所得税について何も触れていない。道州制導入後の所得税の取り扱いについてどのように考えればいいのか。所得税については広域政府の税源として考えるのか、或いは地域レベルの政府の税源として考えるのか、明確に性格付けができないのだが・・・。

中井委員

基礎自治体レベルであれば、固定資産税での不足分を補うためにも、また安定した財源を確保するためにも、地方所得税は必要だと理解している。

但し、中間政府である道州が地方所得税を持つか持たないかという議論は、なかなか結論が出ない。ただ、義務教育を完全に国から独立して地方が実施する場合は、地方所得税を創設してもいいかもしれない。自主財源というのは、国の裁量で財源が変化してはいけないというものを指すため、地方譲与税にしても自主財源でいい。相当決定的な仕事を持っている時は、国の裁量で財源が変化しないという意味で、地方所得税の導入は有り得るかもしれない。ただ、コンパクトな道州をイメージしているときに地方所得税が道州の財源となれば、生活保護などが道州の事務となってしまう可能性はあるが・・・。

座長

ベースとしては市町村所得税で、義務教育も市町村が対応する方がベター。あくまでも市町村自治を最優先に考えるべき。

今日は全体として気になる点をご指摘いただいた。若干の修正、整理をし、次回研究会で更に議論を深めていきたい。そして、年内には最終報告をまとめたいと思う。

日程調整

→調整の結果、次回の研究会は次のとおり決定。

第13回研究会
日時:10月21日(火曜日)午後4時から午後6時
場所:未定

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