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人権学習シリーズ 同じをこえて 不安が排除に変わるとき 分けることと差別/資料2 コラム
資料2 コラム ―福祉の支援の必要な「罪を犯した人」(刑余者)への取り組み―
犯罪の実態を正しく知り、再犯防止のための議論を
龍谷大学教授(矯正・保護研究センター基礎研究部門長)浜井 浩一(はまい こういち)さん
居場所のない人たちの“最後の砦”
私は大学で認知心理学を学び、法務省に就職して犯罪者の心理を分析して処遇や更生プログラムを考える心理技官となりました。
少年鑑別所、少年院や法務総合研究所などを経て、2000年に分類担当の首席矯正処遇官として、ある刑務所に赴任しました。驚いたのは、過剰収容であるのに工場で作業できる受刑者が足りないということです。
多くの受刑者が、高齢であったり軽度の知的障がいを抱えていたりと、何らかのハンディキャップがありました。働けないうえに支援してくれる家族や施設といった受け皿がなく、生活に困って窃盗を重ねている人が多いこともわかってきました。
刑務所は「凶悪な犯罪者」ではなく、「社会のどこにも居場所がない、社会的に弱い立場に置かれた人たち」の“最後の砦”となっていたのです。
犯罪は私たちのなかから生み出される
テレビに映る犯罪者は自分たちとは違う「モンスター」であり、自分たちの安全を守るには叩き潰すしかない。不正確な統計やマスコミ報道によって、そう考える人は少なくないようです。
しかし犯罪をする人は、私たちのなかから生まれるのです。犯罪を生み出さない社会を作る、更生を支援して再犯を防止する、これはすべて私たち自身の問題です。排除するだけでは犯罪はなくなりません。本気で犯罪を減らしたい、安心して暮らせる社会にしたいと思うのであれば、まず、人が犯罪をするプロセスを知り、犯罪行為をした人にどのような支援が必要かを考えることが大切です。
現在、全国3カ所に国立の更生保護施設の設置計画がありますが、各地とも激しい反対運動が起こっています。この背景には、こうした施設で生活する予定の人たちに対する正しいイメージが伝わっていないことがあります。
多くの住民は「恐ろしい犯罪者が来る」というイメージを抱いています。このイメージを変えなくてはいけません。実際に施設に入るのは何らかのハンディを背負った、私たちと変わらない人です。居場所のある人とない人では再犯率が違います。再犯を防ぐためには厳罰化ではなく、社会に戻ってきたときの居場所が必要だということです。
犯罪をした人への支援について議論ができる状況になってきたのはささやかながらも前進です。正しい情報と知識をもとに、さらに議論を深めていきたいものです。
(財)大阪府人権協会ホームページ・リレーエッセイ2009(平成21)年6月より抜粋)
※更生保護施設とは、刑務所から釈放された人や保護観察中の人が円滑に社会復帰できるよう、さまざまな支援をする施設。
援助の必要な人が罪を犯さないための取り組みを
弁護士辻川 圭乃(つじかわ たまの)さん
犯罪の背景に目を向けてほしい
現在、司法は厳罰化の傾向が強まっています。社会全体においても社会的に弱い立場にある人たちへの厳しいまなざしがあります。社会情勢の不安定さが根底にあると思いますが、自分たちとは異なる者、弱い者を排斥しようとする「無意識の意識」が働いているように感じます。
また、場の空気が読めない、適切な行動がとれないという障がいの特性のために、人を怒らせたり傷つけたりして、より重い罪に問われることになります。さまざまな困難が重なっているのに支援が受けられないままであれば、重い罰を受けても本当の意味での償いや更正にはつながりません。
「刑務所に入りたい」と万引きを繰り返す人もいますが、それはその人にとって刑務所よりも一般社会のほうが厳しいということです。本来、誰もが人として最低限の文化的な生活を送る権利があります。まったく自由のない刑務所での生活がまだましだと言わしめている現状を変えていく必要があります。
2009年度から、生活支援を得られないまま再犯にいたる「累犯」を防ぐため、法務省と厚生労働省が連携して司法から福祉へつなぐ取り組みが始まります。
※厚生労働省では、2009(平成21)年度に「地域生活定着支援事業」を創設し、高齢者又は障害を有するため福祉的な支援を必要とする矯正施設退所者について、退所後直ちに福祉サービス等(障害者手帳の発給、社会福祉施設への入所など)につなげるための準備を、保護観察所と協働して進める「地域生活定着支援線センター」を各都道府県に整備することにより、その社会復帰の支援を推進することとしています。(厚生労働省ホームページより抜粋)
一方で、裁判員裁判も始まります。逮捕されそうになったとき、障がいのためパニックになって暴れてケガをさせれば、窃盗が強盗致傷になります。同じようにパニックで包丁を振り回せば、たとえ殺す気はなく、殺してもいなくても、殺人未遂で起訴される場合があります。
その結果、裁判員裁判のなかで裁かれることになりますが、短期集中型の限られた時間の中で、背景の解明が十分でないまま裁判が進むことに大きな危惧を抱いています。
安心・安全な生活を求めるのは誰しも同じです。そのためにも一つ一つの犯罪が起きる背景をていねいに検証し、裁判で明らかにし、再犯防止に向けた取り組みの必要性を社会全体で共有したいものです。そのためには、私たちが罪を犯した人を排除するのではなく、犯罪にいたるには何か原因があるととらえ、償った後には社会に受け入れていくという視点をもつことが求められます。
((財)大阪府人権協会ホームページ・リレーエッセイ2009(平成21)年5月より抜粋)