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府中遺跡
所在地:和泉市黒鳥町一丁目地内
種類:集落跡
時代:弥生・古墳・古代・中世
調査期間:令和7年6月から令和7年11月
主な遺構:弥生時代後期末~古墳時代前期の竪穴建物、溝、中世の掘立柱建物・井戸
主な遺物:弥生土器、土師器、須恵器、瓦器
府中遺跡の概要
府中遺跡は弥生時代から中世にかけての集落遺跡です。槇尾川右岸に位置し、信太山丘陵西側に形成された低位段丘上に立地しています。遺跡内に和泉国府跡(いずみこくふあと)や和泉寺跡(いずみでらあと)の推定地を含む、東西1キロメートル、南北1.2キロメートルの広範囲にわたる遺跡です。平成20年度より実施している府道大阪岸和田南海線街路築造事業に伴い、発掘調査を実施しました(図1)。

【図1】調査地位置図(和泉市地図情報システム「いずみマップ」を基に作成)
調査成果
弥生時代後期末~古墳時代前期の竪穴建物1基を検出しました。竪穴建物は南側が調査区外でしたが、形状は隅丸方形で、1辺4m程度と考えられます。建物内で壁溝と柱穴を検出しました。北東の柱穴では、上層に土器と石が張り付いた状態で出土し、土器は弥生時代後期末~古墳時代前期頃の甕、高坏、小型鉢などでした。
令和3年度の調査区でも同時期の竪穴建物が検出されており、この付近で竪穴建物が数軒作られたと考えられます。

【写真1】竪穴建物(北から)

【写真2】竪穴建物柱穴内土器出土状況(東から)
中世の掘立柱建物を検出しました。柱穴の並びから、規模は二間×三間、もしくはそれ以上の建物になる可能性があります。柱穴埋土から瓦器や土師器が出土し、12~13世紀頃に廃絶したと考えられます。

【写真3】掘立柱建物(西から)
他にも中世の円形土坑を検出しました。令和6年度の調査ではこの土坑の西半を検出しています。直径2.7m、深さ約1mになり、下層の埋土から12~13世紀の瓦器碗が出土しました。井戸枠等はありませんでしたが、野井戸と考えられます。

【写真4】井戸埋土断面(北から)