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人権学習シリーズ ありのままのわたし 大切なあなた 子育てしやすい社会って?!
資料1-1
叱られやすさ
私は病院が大嫌い。厳密に言うと、“子どもを病院に連れて行く”のが嫌いなのだ。特に待合室が嫌だ。以前、子どものやけどで病院通いをしていたとき、いろんな人に怒られたから。子どもの手に巻かれた包帯を見ながら「どうしたの?」って心配そうに聞かれて、「お湯でやけどしたんです」と正直に答えたら、「母親が注意しないと」と何度も言われた。このやけどって私は一緒にいなかったんですけど、とは言い訳がましくて言えなかった。
ところが、夫が連れていくときには、子どもの世話をするやさしいお父さんとして、称賛されたり親切にされたりする。私が誰にも褒めてもらえない上に、親としての至らなさを注意される場面でだ。
お産の前に、出産予定の産院で「会陰切開をしたくない、母子同室にしてほしい」など自分の要望をお医者さんに伝えなくてはいけなかった。その時に、友人や助産婦さんにアドバイスされたのが、夫を一緒に連れていった方がいいということ。男性がその場にいるだけで、お医者さんは(しかったりせず)丁寧に対応してくれるというのだ。
つい最近雑誌で読んだのが、日本語が乱れているという話。「トロトロすんなよなー」とか「うちのババァが…」とか、若い女性が使っている。女子高校生だったり、子育て中の母親だったりを例にあげて嘆いているコラムだ。読み終わって「へ?」だった。確かにきれいな言葉じゃない。だけど、どうして女性だけを問題にするのだろう。男性ならどんなに日本語を乱しても許されるだろうか。
とにかく女性はしかりやすいらしい。女性差別なんて言葉を使うと「考えすぎだ、差別なんかしていない!」とまたしかられたりする。でも、女性だけに特定の役割(育児を完璧にこなす、自己主張しない、美しい日本語を話すなど)を押しつけるなんてやっぱり差別なのだ。
社会は女性だけをしかることで、いろんな矛盾を支えている。売春する女性は売春防止法で捕まるけど、買春する男性は野放し、セクシュアル・ハラスメントの被害者が、被害者なのに職場を去らなければならなくなる。結婚しても改姓したくない男性は支持され、改姓したくないと主張する女性は攻撃される。
「しかられる」なんて個人的なことが、実は女性であるが故だったりするのだ。そのからくりに気づくと、急に楽になる。気づくことは自分を救うし、社会を変える第一歩になるのだ。(糸)
出典:『窓をあければ〜暮らしの中のジェンダー話』糸数貴子、新垣 栄、他2人 著 ボーダーインク 1999年