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はじめに
1948年(昭和23年)に国連総会において世界人権宣言が採択された。その後今日に至るまで、人権に関する様々な条約が採択されるなど、人権保障のための国際的努力が重ねられてきた。そして「人権の世紀」と呼ばれる現在、このような努力をめぐる国境を越えた連携がますます重要となっている。国連は、全世界における人権保障の実現のためには人権教育の充実が不可欠であるとし、「人権教育のための国連10年」(1995から2004年)を実施した。また、2004年(平成16年)12月には国連総会が、全世界的規模で人権教育の推進を徹底させるための「人権教育のための世界計画」を2005年に開始する宣言を採択し、第1フェーズ2005から2007(平成17年から平成19年)は初等中等教育に焦点を当てることを決定した。2005年(平成17年)7月には、その具体的内容を定めた「行動計画改定案」(わが国は協同提案国)が国連総会において採択されている。さらに、第1フェーズについては、その期間を2年間延長することとされ、現在世界各国が計画の実施に取り組んでいるところである。
我が国も「児童の権利に関する条約」をはじめ人権関連の諸条約を締結し、全ての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の下で人権に関する各般の施策を講じてきた。また、教育基本法に基づき、人格の完成を目指し、平和的な国家及び社会の形成者の育成を期する教育が、家庭・学校・地域のあらゆる場において推進されてきた。このような人権尊重社会の実現を目指す施策や教育の推進は、一定の成果を上げてきた。
しかしながら、「人権教育・啓発に関する基本計画」(平成14年3月閣議決定。以下、「基本計画」という。)でも指摘されているように、生命・身体の安全に関わる事象や不当な差別など、今日においても様々な人権問題(注)が生じている。特に、次代を担う児童生徒(幼児を含む。以下同じ。)に関しては、各種の調査結果に示されているように、いじめや暴力など人権に関わる問題が後を絶たない状況にある。さらには、児童生徒が虐待などの人権侵害を受ける事態も深刻化している。
基本計画は、様々な人権問題が生じている背景として、人々の中に見られる「同質性・均一性を重視しがちな性向や非合理的な因習的意識の存在」、社会の急激な変化などとともに、「より根本的には、人権尊重の理念についての正しい理解やこれを実践する態度が未だ国民の中に十分に定着していないこと」等を挙げている。
このため、「全ての人々の人権が尊重され、相互に共存し得る平和で豊かな社会を実現するためには、国民一人一人の人権尊重の精神の涵養を図ることが不可欠であり、そのために行われる人権教育・啓発の重要性については、これをどんなに強調してもし過ぎることはない」として人権教育の重要性を指摘し、政府として人権教育・啓発を総合的かつ計画的に推進していくこととしている。
一方、基本計画では、学校教育における人権教育の現状に関しては、「教育活動全体を通じて、人権教育が推進されているが、知的理解にとどまり、人権感覚が十分身に付いていないなど指導方法の問題、教職員に人権尊重の理念について十分な認識が必ずしもいきわたっていない等の問題」があるとし、人権教育に関する取組の一層の改善・充実を求めている。
さらに、基本計画は、「人権教育・啓発の推進方策」として、「学校における指導方法の改善を図るため、効果的な教育実践や学習教材などについて情報収集や調査研究を行い、その成果を学校等に提供していく」こと、また、「人権教育の充実に向けた指導方法の研究を推進する」ことを明示している。
本調査研究会議は、こうした指摘を踏まえ、人権についての知的理解を深めるとともに人権感覚を十分に身に付けることを目指して人権教育の指導方法等の在り方を中心に検討を行ってきた。そして、平成16年6月には、「人権教育の指導方法等の在り方について〔第一次とりまとめ〕」を公表し、人権教育とは何かということをわかりやすく示すとともに、学校教育における指導の改善・充実に向けた視点を示すこととした。
次いで、平成16年度以降は、都道府県・政令指定都市教育委員会の協力の下、人権教育の実践事例等を収集するとともに、これらを参考に、指導方法等の工夫・改善方策などについて主として理論的な観点からの検討を進め、平成18年1月には、〔第二次とりまとめ〕を公表した。〔第二次とりまとめ〕は、すでに全国の学校・教育委員会へ配付され、積極的に活用されている。
しかしながら、人権教育のより一層の充実を求める気運はその後も高まっており、これに対処するための実践的なノウハウ等の情報を求める要請も大きくなっている。
このような中にあって、本調査研究会議では、全国の学校関係者等が〔第二次とりまとめ〕の示した考え方への理解を深め、実践につなげていけるよう、さらなる検討を進めてきた。その成果として、掲載事例等の充実を図るとともに、「指導等の在り方編」と「実践編」の二編にこれを再編成し、今般、第三次のとりまとめに至ったものである。
今後、このとりまとめが、全国の学校・教育委員会において幅広く活用され、人権教育のより一層の推進に資することとなるよう、切に願うものである。
(注)基本計画は、「人権教育の実施主体」として「学校、社会教育施設、教育委員会などのほか、社会教育関係団体、民間団体、公益法人など」を示した上で、女性、子ども、高齢者、障害者、同和問題、アイヌの人々、外国人、HIV感染者・ハンセン病患者等、刑を終えて出所した人、犯罪被害者等、インターネットによる人権侵害等の個別的課題を挙げ、「人権教育・啓発に当たっては、普遍的な視点からの取組のほか、各人権課題に対する取組を推進し、それらに関する知識や理解を深め、さらには課題の解決に向けた実践的な態度を培っていくことが望まれる。その際、地域の実情、対象者の発達段階等や実施主体の特性などを踏まえつつ、適切な取組を進めていくことが必要である。」としている。