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連載コラム「大阪のだし」 第1回 (平成24年9月6日掲載)
「うまいだしが食べられる大阪の幸せ」 ご寄稿いただいた方:江 弘毅 さん
だしがうまい。
普段からこういう言い方をするのは大阪を中心とした関西の人間だけだ。「良いだし」ではなくて「うまいだし」なのである。そういう意味から、われわれはだしを「食べている」のだ。
大阪の街場で最も身近な食べ物としてあるのがうどんであるが、だしをかけるうどん、つまりきつねうどんや天ぷらうどんのそれは本来「かけ汁」であり、釜あげやざるうどんは「つけ汁」である。その「汁」のどちらにもベースとしてだしが使われているが、その汁自体を区別せずに「だし」と呼んでいるのは、それだけ大阪人がだしを重要視している証左でもある。
大阪のうどん屋を取材しているとわかるのだが、どの店もたかが1杯、ワンコインのうどんに、どれだけこだわってだしを作っているのかと驚く。
原料の昆布や鰹節、そしてそこからのだしのひき方、塩や醤油や味醂、水…。うどんそのものよりも、だしが命というばかりの、うまいだしに対しての重要視がある。
「うどん屋の丼、おでんはうまい」と言われているのも、そのだしのうまさあってのことであるし、万一そのうどん屋の「だしがあかん」となれば、それは致命傷である。また料理店や割烹では、造りや焼き物といったほかの料理がおいしくても、汁物や茶碗蒸しなどがおいしくないと、大きな減点対象にされる。大阪は、だしがうまくないと店が潰れる、そんな土地柄なのだ。
関東や東北、あるいは海外旅行へ行って大阪に帰ってくると、なぜか食べたくなるもの、行きたくなる店がある。
また仕事柄、街の料理などの取材で、フランスのリヨンに行ったり上海へ行ったりもするが、正直言うと普段行っている大阪のフレンチや神戸の広東料理の方がおいしいと感じることが多いし、東京でミシュランに星付きで紹介されている鮨屋、鰻屋やテレビ番組常連の行列の出来るラーメン屋に案内されたりもするが、「それはそれ」と思うことがほとんどだ。
わたしは「うどんとお好み焼きと鮨(たまに洋食)は、近所のが一番うまい」と思っていて、そういうことをあっちこっちに書いているが、それはきっと所謂「グルメ」などという人種にほど遠い食生活を送っているからだろう。
ラーメンはラーメン屋にはほとんど行かない。情報誌やテレビの人気ネタである「ラーメングランプリ」などといったものにはまったく興味がないし、その手の仕事は遠慮させていただいている。
ラーメンは中華料理店でほかの料理の締めとかで食べるか、普段は家で袋麺のチキンラーメンやマルちゃんの正麺とかを食べている(この2つはホンマにうまいと思っている)。
けれどもうどんは家で作るより、外で食べる方が絶対うまい。ひどい言い方かもしれないが、よくわからないラーメンのスープと大阪弁で育ったように長年慣れ親しんだ街場のうどん屋のだしの味は比較にならない。
うまいうどんを作ろうと思って、男の厨房よろしくあれこれやったことがあったが(「そば道」みたいでこれは恥ずかしいな)、京橋や難波の立ち食いうどんと比べても、1回コールドゲーム負けだった。
この「家でうどんをつくること」については、大阪が輩出した大作家の町田康さんも『大阪人』の連載「関東戎夷焼煮袋」で4回にわたって書いていた。
ほとんどがだしをとる話だ。
三十分間、昆布を水につけ、その水を沸騰させたところへ鰹節を投入し、ひと呼吸で火から下ろし、そこへ酒と味醂のよい部分を併せ持つという酒味醂と薄口醤油を投入した。
見た感じは完璧、そして馥郁たる出汁の香りが私方の厨房に漂った。
私はかつて私がいた場所へ確実に戻りつつあった。
といった感じで、大阪のうどんが食べられない東京で、真剣にうどんの命であるだしをとるのだが、全存在を賭して拵えたうどんがなぜまずいのか。
わけがわからない。
(中略)
最大の問題はそれが、大坂のうどん、になっていないという点である。
そしていま私は、全存在を賭して、このうどんを拵えたと云った。
それが失敗に終わったということは私は全存在を失った、ということになる。
ということになる。そうしてこの話の主人公である町田さんは切れる。
そのように心得た私は、うどん鉢を持ったまま裸足で庭へ走り出て、おおおおおおおおおっ、と彷徨しながら、ぶちまけうどん、庭石に鉢ごとうどんを叩き付けた。
鉢は粉々に砕け、岩にうどんが見苦しく垂れた。あたりに出汁の香りが漂った。
いやはや、わかるなあ。やっぱし、だしは難しいなあ。
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江 弘毅さんのプロフィール
江 弘毅(こう こうき)
大阪府岸和田市に生まれ、だんじり祭で育つ。1981年神戸大学農学部卒業後、神戸新聞マーケティングセンター入社。1988年同じ神戸新聞系列の出版社、京阪神エルマガジン社に移籍。1989年「ミーツ・リージョナル」誌を創刊し、1993年〜2005年編集長。関西ばかりか全国でも特筆すべき雑誌に育て上げた。「西の旅」編集長、取締役編集本部長を歴任。
2006年春、京阪神エルマガジン社退社。同社で販売部長だった中島淳、編集プロダクション「クエストルーム」の石原卓らと編集集団140Bを大阪・中之島に設立する。取締役編集責任者。2011年〜2012年月刊「大阪人」編集主幹。
神戸女学院大学文学部・京都造形芸術大学芸術学部非常勤講師。
平成15年岸和田祭礼五軒屋町若頭筆頭、平成22年同曳行責任者。
<著書>
『「うまいもん屋」からの大阪論」(NHK出版新書)
『街場の大阪論』(新潮文庫)
『「街的」ということ〜お好み焼き屋は街の学校だ』(講談社現代新書)
『ミーツへの道「街的雑誌」の時代』(本の雑誌社)
『岸和田だんじり祭だんじり若頭日記』(晶文社)
『岸和田だんじり讀本』(ブレーンセンター)
など
<連載中>
月刊料理通信「安くて旨くて、何が悪い!」
ミシマガジン「飲み食い世界一の大阪」
など