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更新日:2024年5月24日

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連載コラム「大阪のだし」 第19回 (平成25年6月20日掲載)

「龍野で生まれた淡口醤油と大阪の食文化」 お話いただいた方:澤 勤 さん

「大阪の食文化」について語るとき、昆布だしとともに外せないのが、淡口(うすくち)醤油だ。だしの風味や食材の持ち味を生かすために、色も香りも淡く仕上げられた淡口醤油は、大阪料理にはなくてはならない存在である。

そして、淡口醤油といえば、龍野(たつの)だ。

淡口醤油は、江戸時代中期、17世紀半ばに、龍野(現在の兵庫県たつの市)で誕生した。北海道の昆布が、西廻り航路(日本海から下関を経由し瀬戸内を抜けて大坂に向かう航路)によって大量に届けられるようになったのも、ちょうどこの頃だ。

つまり、北海道の昆布と龍野の淡口醤油は、ほぼ同時期に大坂に出回るようになり、それ以前から流通していたかつお節とともに、「だし文化」を築きあげ、新鮮な素材の持ち味や色を大切にするという大阪料理を育てていったのである。

そんな淡口醤油のことを知りたくて、とある日曜日、私は、観光を兼ねて、たつの市にある「うすくち龍野醤油資料館」を訪ねることにした。

JR大阪駅から本竜野駅まで約1時間半。そこから、資料館までは、徒歩で20分の距離だ。しかし私は、途中、揖保川(いぼがわ)の清流や、城下町の面影が色濃く残る旧龍野市街の街並みの美しさに何度も足を止めてしまい、たどりつくのに30分以上もかかってしまった。

元は、ヒガシマル醤油株式会社の本社ビルだったという資料館は、外観はレンガ造り、内部は木造造りの風格ある建物である。入館料はなんと10円。江戸時代からの貴重な醤油醸造用具や資料を多数展示しており、昔や現代の淡口醤油づくりを紹介するビデオの上映も行っている。

お話をお伺いした館長の澤さんは、大阪生まれの71歳。上品な語り口で次々と歴史上の人物の名前をあげながら醤油の歴史を語ってくださるお姿は、まさに古老の風格であった。せっかく教えていただいた人物の名前も細かい歴史もここでは省略させていただくが、「龍野で醤油づくりが始まったのは、約400年前、安土桃山時代の頃です。そして、淡口醤油が生まれたのは約350年前です。」
ということだそうである。

龍野で生まれた淡口醤油は、“新鮮な食材が持つそのままのおいしさと色を生かす”ということで、大阪や京都で大人気となり、また、龍野藩主による積極的な販路拡大の取組みもあって、あっという間に、関西に淡口醤油文化圏を形成していった。最近では、首都圏での消費も増えているそうだが、現在でも、淡口醤油のほとんどは、大阪、京都、兵庫の3府県で消費されているそうだ。

「関西料理の特徴は、素材の持ち味を生かし、見た目の美しさも大事にするということですが、淡口醤油は、素材の色と風味を殺さずに、醤油の味と香りをつけてくれますからねぇ。それに、淡口醤油はおだしに合う、というだけでなく、おだしの風味を強めてくれる効果があるんですよ。」

淡口醤油は、塩水や濃口醤油に比べ、だしの風味を際立てる効果が実験で確認されているのだそうだ。

「だから、淡口醤油は、だしを使ったお吸い物やだし巻卵、茶碗蒸しなどに使っていただくと、よく合います。また上品な味の白身の魚や、筍・うど・えんどう・里芋など、色や香りを楽しみたい旬のお野菜の煮付けなどにも向いています。」

「逆に濃口醤油は、臭みを消したり、こってりしたコクを出したいときに使っていただくといいです。例えば、さばなどの青魚の煮付けや、すき焼きなどの肉料理など、ですよね。」

淡口醤油は、濃口醤油より塩分がやや高いので、少し控えめの量を使うことがポイントだという。濃口醤油の9割くらいの量を使えば、濃口と同じ食塩濃度になるそうだ。

「でも、淡口醤油は、濃口醤油よりも低塩でおいしく感じるので、淡口醤油を使ったほうが、結局、摂取する総塩分量は少なくなるんです。」

淡口醤油のメーカーでは、だから淡口醤油をお勧めしてるんですよと、澤館長はいたずらっ子のように微笑んだ。

濃口醤油と淡口醤油の作り方は、どう違うのだろうか。

「基本的な作り方は濃口醤油と一緒です。煎って砕いた小麦と蒸した大豆を混ぜ、これに種麹(たねこうじ)を混ぜ合わせ、麹を作ります。できた麹に塩水を混ぜて、半年以上熟成させたものがもろみです。これを絞れば生醤油(きじょうゆ)ができます。」

ただし、淡口醤油は、色を薄く仕上げるために、小麦を煎る温度、大豆を蒸す温度、麹を作るときの温度、全てを低めに設定し、醗酵を抑えるために塩水の濃度を濃くする。そして、風味を増すために、仕上げに、米麹で作った甘酒をもろみに加えるのだそうだ。

龍野では、江戸時代後期からずっと淡口醤油を中心に作り続けてきた。(ただし、戦中戦後の統制経済の際に、淡口醤油は贅沢だということで、一時、淡口醤油の製造が禁止された。)

最盛期の明治時代には、60軒ほども醤油醸造所があったそうだが、現在も、たつの市には10軒の醤油メーカーが存在している。そのなかで、龍野で天正年間に創業したという「ヒガシマル醤油株式会社」は、淡口醤油の製造量で全国トップを誇っている。

しかし、なぜ、龍野の地で、醤油づくりがこれほど盛んになったのだろう。

「一言で言えば、環境に恵まれていた、ということですね。醤油の原料は、大豆・小麦・塩・水。そして、淡口醤油では、甘酒にするお米も必要です。龍野では、いずれも、非常に良い品質のものが手に入りました。そして、出来上がった醤油は、高瀬舟で、大消費地である大阪、京都に運ぶことができましたから。」

肥沃な播州平野では、播州小麦をはじめ、大豆、米と、よい品質のものが収穫されたし、塩の産地、赤穂(あこう)にも近い。温暖な気候も醸造に適しており、そしてなにより、揖保川の伏流水は、非常に鉄分が少なくて、淡口醤油づくりには最適なのだという。

しかし、先ほど私が見た揖保川は、とても舟を使えるような水量ではなかったが、と思ったままを口にすると、

「今は上流にダムができて、水量調節をしていますからね。でも、昔はもっと水量があって、舟底の浅い高瀬舟が、たくさん行き来していたんですよ。」

龍野の浜(水神浜と言い、周辺を九艘丁(くそのちょう)と呼んだ)は、発着場として栄え、九艘の川舟があったことに由来する。それはそれはたくさんの舟が、行きは醤油の樽、帰りは大阪・京都で仕入れた品々や赤穂の塩を運んでいたそうである。

舟の次には鉄道、そして今はトラックと輸送手段は変わり、容器も、樽からビン、そしてペットボトルへと変わっていったものの、龍野で作られた淡口醤油は、350年間にわたり延々と大阪に届けられ、大阪の食を支え続けてきたのである。

しかし、残念ながら最近は、家庭で和食が作られる頻度、いや、そもそも料理をあまり作らなくなっている家庭が増えているからだろうか、家庭向けの淡口醤油の消費量は漸減しているそうだ。

「なので、醤油の容器は、昔は1.8ℓ、1ℓだけでしたが、750mℓ、500mℓとどんどん小さいものになっています。淡口醤油は長く保存しているうちに色が変わってしまいますからね。」

色が濃くなっても、使用には問題ないのだそうだが、色だけでなく香りもきつくなってしまうので、色が変わらないうちに使ってほしいのだという。

「明るい場所、暖かい場所に置いておくと、早く変色します。冷蔵庫に保存するのが、一番いいですね。」

淡口醤油の歴史から始まり、製造方法、使用方法、保存方法にわたるまで、たくさんのことを澤館長に教えていただいた。そして、龍野と大阪が、淡口醤油で深く長くつながってきたことが実感できた、からに違いない。帰りに再び通り抜けた龍野のまちは、ただ美しいだけでなく、故郷のように懐かしく愛着のある風景に思えたのであった。

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澤 勤 さんのプロフィール
澤館長

澤 勤(さわ つとむ)

うすくち龍野醤油資料館 館長
1942年大阪府生まれ
1965年大阪府立大学農学部農芸化学科卒業、同年ヒガシマル醤油研究所に入社、28年間研究所に在籍、製造部・営業部を歴任後、2006年東丸商事及びうすくち龍野醤油資料館に勤務現在に至る。

「うすくち龍野醤油資料館」
〒679-4178
兵庫県たつの市龍野町大手54-1
TEL:0791-63-4573
FAX:0791-62-5054
見学時間:9時から17時
(入場は16時30分まで)
所用時間:約30分
休館日:月曜日(月曜日が祭日の場合は開館となり、翌火曜日が休館)
駐車場:中型バス2台、普通車30台
入館料:10円

うすくち龍野醤油資料館ホームページ
うすくち龍野醤油資料館(外部サイトへリンク)

うすくち龍野醤油資料館
「うすくち龍野醤油資料館」の外観

醤油仕込み樽
資料館に展示されている仕込用の樽。昔は、このような樽に麹と塩水を入れて、熟成させていた。

揖保川
揖保川の清流。揖保川では、江戸時代初期(1621)から高瀬舟の運行が始まり、天保10年(1839)には130隻もの舟が盛んに行き来していた。明治時代中期(1891)に山陽線が開通し、次第に高瀬舟の利用が減り、昭和初期に姫新線が開通して高瀬舟は姿を消した。
川向こうに見えるのが、旧龍野市街。

高瀬舟
高瀬舟(大正初期に撮影)

限定淡口醤油「龍野乃刻」
澤館長お勧めの、とっておきの淡口醤油「龍野乃刻」
厳選された播磨産の原料のみを使い、甘酒二段仕込み製法で、この春に仕込み、秋に仕上げる限定品。
詳しくは、ヒガシマル醤油株式会社「通販」係(TEL:0791-63-4685)
http://shop.higashimaru.co.jp/hgmaru/1.1/515/(外部サイトへリンク)


文=日下部 貴美子
写真=うすくち龍野醤油資料館提供、日下部 貴美子

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