ここから本文です。
連載コラム「大阪のだし」 第7回 (平成24年11月29日掲載)
「研ぎ澄まされた料理人の感覚」 お話いただいた方 松尾 慎太郎さん
―今日(※平成24年10月14日)の新聞で、「北新地 弧柳」がミシュランガイドブックの三つ星店に選ばれたという記事を拝見しました。おめでとうございます。
ありがとうございます。昨日、大阪で同じ三つ星を取った柏屋さん、太庵さんと一緒にいたんですけど、どちらのお店も2年前から三つ星を取ってるそうなんですが、テレビにせよ新聞にせよメディアの人は全て、京都、神戸に取材に行ってしまって、大阪のお店には取材が一つもこないんだと嘆いていました。メディアの人は、大阪の料理人の話は聞きたくないのかなぁと。
―メディアは、古風な京都、おしゃれな神戸、大阪はこてこてと、ステレオタイプ的なイメージで語ることが多いからでしょうか。大阪の食べ物といえばたこ焼き、お好み焼きという強烈なイメージがあって、メディアだけでなく、私たち大阪の人間もそれに縛られていて、普段、大阪の食べ物はなんでも美味しいと誇らしく思っているのに、いざとなると、ちゃんと言葉で表現できていませんよね。
「大阪の料理は、美味しくて値打ちもすごくいい。」とか、「こんなもん出してたら東京では倍するよ。味も絶対大阪のほうがおいしい。」とかね。
―京都で日本料理を食べたときも、大阪に比べると割高やなぁと思いました。
京都は魚の仕入れ値が大阪と全然違うんですよ。
―こんなに流通網が発達していても、そんなに違うもんですか?
モノが少ないときは当然値段が上がるんですけど、モノが少なくて、しかもそれがあんまり良い品もんでなくても、欲しいんで買うんですよね、京都や東京は。大阪だと、魚屋さん自体が、「こんな魚にこの値段つけて誰が買うねん。」という感じで、料理人も「それやったらほかの使うわ。」となります。マグロなんか特にそうですね。
―そういえば、京都では、鱧は韓国産を使っているそうですが。
京都では、韓国産の鱧を使う店が多いです。韓国のものは皮が柔らかいんですが、国産に比べて値段が3倍くらい高い。京都は鱧ちりとかするから、皮が柔らかい方がいいんですかねぇ。好き好きあるでしょうが、皮と身の間の底味(そこあじ)は、僕は淡路のほうが絶対美味しいと思いますけどね。
もともと鱧は大阪の料理なんですけど、今はもう、京都の料理になっていますよね。包丁、鱧切り包丁が堺で作られて、大阪で発達した鱧料理が、いつの間にか「京都イコール鱧」、「鱧イコール祇園祭」みたいになっている。もともと鱧は「天神祭」の料理なんですよね。京都で有名になった九条ねぎなんかも、もともと大阪の難波ねぎから出たものですし、大阪から発信していたものが、いつのまにか向こうのほうが有名になってしまった、というのが多いですよね。そのへんも、大阪の人は広めるのが下手なんかなぁ。伝統を大事にするより、ついつい新しいもんに走ってしまうという大阪人の気質もあるんですかね。
―かっこつけたがらないというのもあるんじゃないでしょうか?大阪の人は、自分の良いところを自己主張することをよしとしない面がありますから。海外の外交官からも、「大阪の料理は世界的に見ても素晴らしい。」と褒められたりするほどなのに、国内でも全然伝わっていなくて、ほんともったいない、私たちも、もっとがんばってPRしなければと思ってます。そういう思いもあって、本日は、「大阪のだし」を切り口に、大阪の食の魅力を語っていただきたいと思っているんですが、弧柳さんでは、「だし」はどういうふうに引いておられるんですか?
昼と営業前に、2回は引きます。仕込み用と営業に使う分とに、一番だしをひいています。
―二番だしとかは使わないんですか?
うちは一番だしだけです。もったいないし、二番だしでもだしがとれるんで、使っているとこもあるんですけど。僕はやっぱり、一皿の料理に対して一番だしが美味しい。人によると思いますけど。
―昆布は何をお使いですか。
真昆布です。黒口浜の尻岸内のもので、「3年囲い」という3年間寝かせたものを使ってます。常によい昆布を手に入れるには、昆布屋さんとの信頼関係が大きいですね。昔は、だし飲んで味が変わったと思ったら、店に行ったり、呼び出したりして、「ちょっとテ(昆布の種類)が変わりましたか?」「出が悪いようやけど。」とか、よく文句を言ってました。ほんなら、「わかりましたか?」なんて言われたりしてね。昆布屋さんも商売ですから、いいとこ・悪いとこ混ぜてくるんです。そんなことやってきて、今は、安定してええもんが入ってくるようになりました。昆布屋さんも、あかんときは「あかん。」と言ってくれて、「別のテ入れとく。」とか、「3年もんあかんから2年もん入れとくわ。」とかね。
―鰹節は何をお使いなんでしょう。
男節(おぶし)といって鰹の背側の枯節を使ってます。血合い抜きです。ほんとは自分とこで削りたかったんですけど、店が狭くて機械が置けないんですよ。でもお店に相談したら、「毎朝削ったるよ。」ということで削ってもらってるんです。削る前に何日か干してもらって・・・。仕入れたてを削ると、湿ったりしたのがあるみたいで、その辺は、鰹節屋に任してるんですけど。
―毎朝削りたての鰹節を届けてもらってるんですね。
あとは、水ですね。水が一番大切です。毎朝、箕面から奥に入った山の湧き水を持ってきていただいています。軟水器とか浄水器とか使ったりもして、いろんな水を試した結果、僕は軟水のほうがいいなと、なったんですが、軟水器でとった昆布だしと山の自然の水でとった昆布だしでは、やっぱりちょっと「うまみ」が違うんです。科学的なことはわからないんですけど。
―そんな微かな違いがわかるなんて、凄いですね。それは訓練ではなくて、持って生まれた才能なんでしょうか。
訓練ですね。感覚だけです。
―感覚ですか。
自分が先輩からだしの引き方を教わった当時は、「沸騰直前で温度を一定にし、2時間から3時間昆布を炊いて、その後、昆布を引き上げ、温度を上げてから鰹節を入れる」っていうのが当たり前の時代だったんで、そう教えこまれたんですけど、何か疑問だったんですね、昆布の出方に対して。もっと出るんじゃないかって、いろいろ試して、で、これくらいの温度帯が一番出るんじゃないかなと思ったのが、だいたい60度ぐらいだったんですよ。
―実験によれば、60度で1時間というのが、昆布から一番多くグルタミン酸が出るんだそうですね。
何年か前に、料理の専門雑誌かなにかでそれを見たときに、なんやと思って。昔の沸騰直前というのは何だったんだろうと。
―じゃ、60度で。
62~3度ぐらいですね。といっても、毎回、温度計で計ってるわけではないんですよ。水面の揺れる感じでなんとなく。いっぺん、一番よくだしが出るのは、どれくらいの温度かなと温度計で計ってみたんですよ。そしたら62~3度だったんで。
―水を見てるだけで、そんな微妙な温度がわかるんですか!ほんとに凄い。で、何時間くらい?
3時間くらいですね。その前に一晩水出しします。真昆布は、だしが出にくいんで。
―3時間ですか。私が、家で真似しようと思っても、ここで断念せざるを得ない。
3時間と言いますけど、きっちりではないですけどね。味見して、昆布にちょっと爪入れたりして、もうちょっと出るかなぁとか。昆布も厚みがばらばらなんで。
―なるほど。
感覚でやっていた僕のやり方が科学的に裏付けされたことは、嬉しかったですね。「職人には知識がない。」とか言われますけど、やっぱり、感覚を磨いていかないとね、職人の世界では。金属削る人の職人技もそうですよね。0.何ミリという、機械であわしたってできるもんじゃないことを職人はやってしまう。料理人も、その時その時の感覚が、大事やと思うんですよね。
カツオ入れる時もそう。その日のカツオの匂い、蓋を開けた時の匂いを嗅いで、量を調整します。水何CCに昆布何グラム、カツオを何グラムと決めても、毎日同じだしが引けるかというと、引けないですね。私も、毎日90点以上のだしを引くのに、朝晩引いて4年かかりましたから。
―4年、ですか。
70点、80点はだいたい引けるようになっても、本当に美味しいだしの場合は、飲んだ時に、日本人として本能的に、「うまい。」とか、「ああ、美味しい。」となるんですよね。そんなだしがいつも引けるようになるのに、その感覚を磨くのに、朝晩引いて4年かかりました。
―お話をお聞きしていると、鳥肌が立ちます。そんな感性を磨きつつ、松尾さんが目指している料理とは、どんなものなんですか?
料理を通じて楽しんでもらいたいというのが、僕が料理人を目指した一番の理由ですね。ちっちゃい時から料理を作るのが好きで、作って親とか兄弟に食べてもらって、「美味しい」と幸せな気分になってもらうのが好きだったんです。誰かを幸せにできる手段として、僕にとっては料理が自分に合ってた。料理人が天職だったのかなと思いますね。料理をお出しすることによって会話が和むとか、仕事などでしんどいことがあっても、それをひと時でも忘れてもらえるとか。帰りに「美味しかった。」と言ってくれるのも嬉しいですけど、「楽しかったわ。」という方が結構多くて、それが嬉しいですね。
―どんな人に松尾さんの料理を食べてもらいたいですか?
料理を楽しみたいという人に来ていただきたいですね。仕事でお店を使ってくれる人も多いんですけど、仕事の難しい話をしてても、途中で「これ美味しいな。」と言っていただけると嬉しいですね。「勝った!」と思います。時々、ブロガーの人も来られるんですが、一品一品、写真とってメモしてたりすると、「はよ食べてよ。」と悲しくなります。
―最後に何か一言メッセージをお願いします。
北新地は夜の歓楽街のイメージが強いですけど、これからは多分食べ物の街になっていくんじゃないかなと思ってます。実際、どんどん料理屋が増えてきていますし。たくさんの人に、北新地に美味しい料理を楽しみにきて欲しいですね。
―本日は、素晴らしいお話をお聞かせいただきまして、本当にありがとうございました。
松尾 慎太郎 さんのプロフィール
松尾 慎太郎(まつお・しんたろう)
1975年大阪生まれ。
カウンター割烹「北新地 弧柳」店主。
辻調理師専門学校を卒業後、道頓堀の割烹店にて修行。2009年に独立し、バーテンダーの父が40年以上勤めた「大阪キタ」の街にて、12席のカウンター割烹「北新地 弧柳」をオープン。
大阪近海で獲れた新鮮な魚貝類や、大阪の伝統野菜を中心に、大阪の食文化を大切にしつつも独創的で繊細な料理を提供している。大阪の野菜は、個性的な野菜が多くて、料理人の心をくすぐるものが多いという。
「ミシュランガイド京都大阪神戸奈良」の2013年版では、3つ星の評価を獲得。
「北新地 弧柳」
〒530-0003 大阪市北区堂島1-5-1
エスパス北新地23-1F
TEL&FAX:06-6347-5660
定休日:日曜日、祝日
※この日仕入れられた「淀川産の天然うなぎ」。どんな美味しい料理になったのだろうか。
文=日下部貴美子 写真=山田泰常