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連載コラム「大阪のだし」 第6回 (平成24年11月15日掲載)
「鰹節一筋64年」 お話いただいた方:元堤 重夫 さん
鶴橋は、大阪の街のなかでも、ひときわ強い個性を放つディープな街だ。JR大阪環状線鶴橋駅と近鉄鶴橋駅が交差するあたりには、800軒近くの商店が、近代的な商業ビルの中などではなく、迷路のような通路に沿って、ひたすら平面的にびっしりとひしめき合っている。これほどの数の商店がごちゃごちゃと詰まった商店街は、おそらく日本の中でもここにしかないであろう。
それもそのはずで、この鶴橋のマーケットは、戦後の闇市から生まれ、今でも、昭和20年代30年代にできた区画や建物が、ほとんどそのまま使われている。
鶴橋の商店街というと、キムチなどの韓国食材店や焼肉、韓国料理の店を思い浮かべる人も多いだろうが、それはほんの一角であり、甲子園球場の約2倍という面積に広がるこの巨大マーケットの大部分は、一般的な食材・雑貨・服飾を扱う卸・小売店だ。それぞれに特徴のあるいくつもの商店街や市場が連なっていて、曲がりくねった迷路のような細い通路を曲がったとたん、全く雰囲気の異なる商店街に出くわして、驚いてしまう。
韓国にワープしたかと思うような商店街もあれば、今ではちょっとお見かけしないような古い木造の店舗がきっちり並び、昭和初期にタイムスリップしたかと思ってしまうような市場風商店街もある。
鰹節などの削り節だけを扱っている三光鰹節店も、まるで映画のセットに紛れ込んだかと思ってしまう東小橋南商店街の一角にある。周囲には、卸売りと小売りを兼ねた専門店が立ち並んでおり、塩干物だけ、昆布・わかめだけ、ホルモンだけ、鶏肉だけなど、非常に特化された商品を扱っている。中には、道東産(南千島産)の紅鮭だけを扱うお店というのもある。しかも、どの店も驚くべき古さだ。
「もう60年以上、ここで働いてますなぁ。」
そう話す三光鰹節店のご主人、元堤さんは、今年81歳。戦後間もない昭和23年、闇市が閉鎖になって市場に変貌したばかりの鶴橋で働き始めたのが17歳のとき。それからずっと鰹節一筋の人生である。古い看板がかけられた木造の店舗の店先には、かつお節、さば削り節、うるめ削り節など、各種の削り節が、大きな箱に山盛りに盛られて並んでいる。店の奥には、かつお節を削る機械が一台。壁にも年季の入ったふるいがかかっている。
「人間も古けりゃ、道具も古い。店も、私が勤め始めた時のまんまですわ。」と元堤さんは笑った。
元堤さんの朝は早い。5時に起きて、6時には店を開き、午前中は主に業者相手に、午後からはもっぱら個人のお客さん相手に削り節を販売している。近くのお好み焼き屋さんなどには、自転車で配達もしている。
「昔は5時に開店してたけど、最近は、昔ながらのうどん屋さんがほとんどなくなってしもたからね。うどん屋や食堂の前を通ると、だしとっているええ匂いをさせてたもんやけど、そんな店が減って、チェーン店が増えてしもて。そんなおっきなとこは、わしらのような小さな店は相手にせえへんから、今では個人のお客さんのほうが多なってきてるわね。」
業務用がメインだとばかり思っていたが、家庭用が多いと聞いて驚いた。
「年配の人だけやのうて、若い人も買いに来てくれますよ。お母さんがちゃんとだしをとっていると、その娘さんも、嫁いでもちゃんとだしをとりますわ。遠くに嫁いだ娘さんのために宅急便で送って、と言われることもあります。」
削り節のなかでは何が一番売れるんですか?
「テレビの料理番組とかでは、花かつおでだしをとってるけど、花かつおだけやと、ようけ使わんとあかん。家でとるなら、花かつおだけでなく、さばやうるめを使ったほうが、安くて美味しいだしがとれる。」
1kgあたりの値段は、最上の花かつおが3,150円、さば削り節の中間くらいの品質のものだと1,680円、うるめ節は1,050円である。軽いものだから、1kgというと相当の量になる。個人のお客さんでは、さばとうるめの混合を300gや500g単位で買っていく人が一番多いそうである。
「うどん屋さんは、さばとうるめを別々に買うてって、自分とこで混ぜて使こてるとこが多いね。」
そこで、さば節やうるめ節を使っただしのとり方を教えていただいた。
「家でとるだしなんて、なんも難し考えんでええと思うわ。お金もらってお客さんに出すわけやなし、自分とこでだしをとるなら、自分の好きなようにしたらええんです。」
そう言ってもらえると、もともとアバウトな私は、ものすごくうれしい。
さて、ここで、元堤さんに教えていただいた、かつお節に関する基礎知識をご紹介したい。
そもそも、「節(ふし)」とは、原材料を煮てから燻(いぶ)し、乾燥させたものである。これが「荒節(あらぶし)」とか「鬼節(おにぶし)」といわれるもので、さらにこの表面を削ってつるつるにし、カビつけをしたものが「枯れ節」といわれる。
かつお節の場合、関西ではカビつけをしていない荒節、関東ではカビつけを施した枯れ節の消費が多いとのこと。
スーパーなどで普通に見られる「花かつお」や「けずり節パック」は、荒節を削ったもので、原材料名には、「かつお削り節」と表記されている。(ちなみに、枯れ節を削ったものは、「かつおぶし削り節」と表記される。)
かつお節の主な加工地は、昔は土佐だったが、今は鹿児島の枕崎が中心なんだそうである。もちろん外国からの輸入品もあるようだが、三光鰹節店ではすべて国産を使っている。
「(大型の)カツオ1匹をさばいて、4つに割って、それをでっかい湯船に並べて入れてゆでるんです。その後、細い骨を抜いて、いぶしながら乾かす。そやから、1匹のカツオから、4本のかつお節がでけます。」
元堤さんは、箱の中から、あっという間に4本を選び出し、1匹の形に組み合わせて見せてくれた。背中側を男節(おぶし)、腹側を女節(めぶし)というそうである。
次に、元堤さんは、男節1本を削り器にかけてくれた。「シャカシャカ」というリズムに合わせて、よい香りの花かつおが出てくる。
「男節のほうが脂が少のうて、あっさりしただしが出ます。うちでは、毎朝こうやって削った、削りたての花かつおを出してますさかい、そりゃ風味が違いますわ。」
と元堤さんは自慢げだ。
次に、かつお節以外の節を見せていただいた。うるめ節はウルメイワシを節にしたもの(ちなみに、煮て乾燥しただけのものは「煮干し」)、さば節はゴマサバやマサバを節にしたものである。これらは、丸1匹のままで節になっているため、いったん蒸して柔らかくしてから削り器にかけるそうである。そして、湿気をとるために、1日か2日置いて、店頭に並べているとのこと。
「ほら、きれいなうるめでっしゃろ?こっちがさば節。」
原料を見つめるときも、古い機械を大切に使っているときも、元堤さんは、とてもうれしそうだ。
「大阪に出てきて、鰹節屋になって、ほんまによかった、思てます。」
昔は、このあたりにも16、17軒の鰹節屋があったらしいが、今は6軒ほどになっているそうだ。みな、後継者がいなくて、止めていくらしい。元堤さんにも後継者はいないと言う。
「いくつまで続けられるかわからんけど、『止めんといてな。鰹節買うとこなくなって困るさかい。』と言ってくれるお客さんもおるし、命ある限り、やろ思てます。」
傍目には、小さくてびっくりするほど古いお店だが、三光鰹節店は、元堤さんにとっても、お客さんにとっても、そして歴史ある鶴橋の市場にとっても、大切な宝物のようなお店なのだと感じた。
元堤 重夫 さんのプロフィール
元堤 重夫(もとづつみ・しげお)
東小橋南商店街で、花鰹・だし削り各種を扱う「三光」店主。
昭和6年生まれ。17歳のときより働き始め、平成12年に先代から引き継いで店主となる。
「三光」の削り節は、「全国水産加工たべもの展」において、農林大臣賞や水産省長官賞など多数の賞を受賞。
「迷っても行きたい路地裏の名店」として、各種メディアにも取り上げられている。
「三光」
〒537-0024 東成区東小橋3-18-9 TEL.06-6972-5870 FAX.06-6731-4545
定休日:日曜日、祝日
文=日下部貴美子 写真=山田泰常