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連載コラム「大阪のだし」 第18回 (平成25年5月30日掲載)
「大阪と北海道の地で、真昆布文化を守り続ける。」 お話いただいた方:土居 純一 さん
豊臣秀吉が築いた大坂城は、全て破壊され、今は何一つ残っていない。が、それは、現在の大阪城公園域の4倍以上の面積に広がる壮大なものだったらしく、3重の堀と運河によって囲まれていた。
大阪市中央区南東部にある空堀商店街は、この大坂城の一番外側にあった空掘の遺構の上にあり、南北に長い上町大地を東西に横切って800m続いている。このあたりは、上町大地と空堀の遺構、更に江戸時代にあった瓦用の土取場などが影響しあって、坂道が多く、また、太平洋戦争時の空襲を免れていることから、古い町屋が数多く残っており、他の大阪市内にはない独特な趣が漂っている。
映画「プリンセス・トヨトミ」の舞台ともなったこの歴史ある空堀商店街のなかで、真昆布を中心に商っているのが「こんぶ土居」である。
創業100年を超える「こんぶ土居」の4代目店主、土居純一さんは、9年前に父の成吉さんから店主を引き継いだ、笑顔の爽やかな若き経営者だ。
純一さんは、毎年、真昆布の生産地、北海道の南茅部(みなみかやべ)に出向いて昆布漁を手伝うなど、漁師とともに真昆布の品質を守る活動を行うほか、だしとり教室や昆布に関する講習会を精力的に開催するなど、大阪での昆布文化の継承にも力を注いでいる。
「昆布は、今、世界から注目されています。うちの店にもフランスの三ツ星レストランのシェフなど、外国人シェフがたくさん来られるんですよ。だしのとり方を説明し、テイスティングしてもらうと、ものすごく喜ばれるんです。」
2000年、舌に「旨み」を感じる受容体があることが発見され、「旨味」が「甘味」、「辛味」、「苦味」、「酸味」についで5つ目の味覚として認知されて以降、海外では、昆布やかつお節に対して俄然注目が集まっているのだ。
「ところが、国内では、昆布文化は確実に廃れていってます。」
純一さんによれば、長い間3万トン前後で推移していた昆布の国内生産量は、ここ20年ほどの間に半分近くにまで減っているそうで、つまり、それだけ昆布の需要が減っているのだ。
「塩昆布や昆布巻きなどの売れ行きも減っていますが、昆布の需要がここまで減ってしまった最大の原因は、だしをとるのに昆布が使われなくなったからです。」
確かに、いまや、家庭用でも業務用でも、顆粒や液体のだし調味料が多く使われている。
「だし調味料に昆布が使われているんなら、こんなに消費量が減ることはない。顆粒であっても液体であっても、だし調味料の多くは、化学調味料、食塩、糖分が主原料なんです。商品の裏に書いてある原材料名を見ていただければわかると思いますが、昆布やかつお節などは入っていないか、入っていてもわずかであることが多い。だし調味料の旨みは、グルタミン酸ナトリウムや酵母エキス、たんぱく質加水分解物など、人工的なものでつけられていることがほとんどです。」
表のラベルには、昆布やかつお節のイラストが大きく描かれたりしてますけどね、と、純一さんは苦笑いした。
だって、簡単だし、安上がりですもんね、と私が安易なコメントをすると、純一さんは、真剣な顔で反論された。
「洋食や中華などのスープやブイヨンに比べ、昆布やかつお節など乾物でとれる日本のだしは、世界一簡単にとれる最高のだしだと思いますよ。」
「確かに値段で比べれば、化学調味料には太刀打ちできません。うちでは、「10倍だし」という、昆布とかつお節だけでとっただしを濃縮し、保存のために塩を入れた商品を作っています。化学調味料など人工のものは一切使っていません。お湯で10倍に薄めるだけで、美味しい本物のだしができます。費用は1ℓのだしに換算すると250円。上等の昆布とかつお節を使って自分でとっても、美味しい本当のだしをとるにはだいたいこのくらいかかります。」
「一方、だし調味料だと、1リットルのだしが17円ほどでできます。」
うーむ、約15倍の差だ。
「でも、先ほど申し上げたとおり、原材料が全く違いますからね。昆布の味は、豊かな海が作り上げたミネラルたっぷりの滋味であって、決してグルタミン酸ナトリウムだけの味ではありません。どちらを選択するかは自由ですが、私たちは、本物の昆布の味わいを一人でも多くの方に知ってもらいたいと思っています。」
ということで、「こんぶ土居」の全ての商品は、添加物を一切使わず、原材料をとことん選んで作られている。佃煮などに使う醤油、みりん、酒なども、天然の材料のみで作られた「本物」にこだわり、「原材料について」というパンフレットも作って、その姿勢・方針を消費者に伝える努力も惜しまない。
そして、そのような素晴らしい原材料が手に入るのは、作ってくださる生産者、農家や漁師の方々があってこそだ、というのが「こんぶ土居」の考えである。30年以上も前から昆布の生産地を訪れていた父成吉さんの後を引きつぎ、純一さんが、毎年、漁師さんの家に泊まりこみ、昆布漁や乾燥作業の手伝いをしているのもそうした考えからだ。
「一緒に漁をすることで、見えてくるものがたくさんあるんです。」
「昆布漁は、朝3時過ぎに起床して、収穫、揃え、乾燥、倉庫への収納と、夕方まで続く重労働です。」
昆布の収穫は7、8月のみ。秋以降は整形作業をし、順次出荷するのだという。
「でも、夏から冬まで一家総出で働いても、十分な収入にはならないです。」
だから以前は、冬になると昆布漁師は皆、出稼ぎに出た。出稼ぎをしなくていいようにと、北海道の道南で考え出されたのが、昆布の養殖なのだそうである。
「今では、ほとんどの漁師が天然と養殖の兼業です。実は、昆布の養殖は、種付けから収穫するまで2年間、海でずっと細やかな世話が必要な大変な仕事なんですよ。天然昆布の漁に比べたら、5倍以上の労力がかかってるんじゃないのかな。それなのに、天然ものに比べ品質が落ちるんで安く取引されてしまう。出稼ぎはしなくて良くなったけど、重労働の割に収入が少なくて、後継者が育たないんです。」
昆布の中でも価格の高い真昆布が獲れる道南ですら、最上品質の真昆布が獲れるごく一部の浜を除いて、昆布漁をしているのは老人ばかりだそうである。あと10年もしたら、北海道から昆布漁師がほとんどいなくなるのではないかと、純一さんの顔は深刻だ。
「うちの店では長い間ずっと、天然の真昆布だけを扱っていて、養殖ものは置いてなかったんです。でも、昆布漁師さんたちの苦労を知ると、天然ものしか置かない、というのが果たして正しいことなんだろうかと思ってしまって。浜の人の生活を支えたい、そう思って、少し前から養殖昆布も扱うようになりました。」
純一さん、そしてご両親は、もう10年以上も、南茅部地区の小学校で、昆布が日本の食文化にどれほど大きな役割を果たしているのかについて、講演活動を続けているそうだ。子どもたちに、地元の産業に誇りを持ってもらいたいと願って始めた活動だが、その子どもたちが高校生になり、修学旅行を利用して「こんぶ土居」を訪ねてくれることもあるそうである。
「やるべきことはたくさんあります。こんな小さな店ですが、大阪の昆布屋として、伝統ある大阪の食文化を守り育て、本物を次の世代に伝えることが私たちの使命だと思っています。」
大阪の空堀と道南の遠い地を行き来し、昆布文化の継承に情熱を傾ける親子の元に、取材中もたくさんのお客さんが真昆布を求めに訪れていた。
土居 純一 さんのプロフィール
土居 純一(どい じゅんいち)
1974年大阪生まれ。
有限会社 こんぶ土居 代表取締役。
9年前に先代の土居成吉氏から社長を引き継ぎ、明治創業の昆布屋「こんぶ土居」の4代目店主となる。
真昆布の産地、北海道南茅部(みなみかやべ)を毎年訪れ、昆布漁や乾燥作業を手伝いながら、真昆布の品質の向上に取り組む。
そのほか、産地の子どもたちに日本の食文化における昆布の重要性を教える取組みや、大阪でのだしとり教室の開催など、日本の「だし」文化を守る取組みに情熱を傾けている。
「こんぶ土居」では、みせかけの美味しさではなく、「身体が求めている本当の美味しさ」を追求している。添加物など人工的なものが一切使われていない本物の味を求めて、国内外からのお客が絶えない。
漫画「美味しんぼ」第77巻「日本全国味巡り大阪編」にも登場。
「こんぶ土居」
〒542-0012
大阪市中央区谷町7丁目6番38号
電話:06-6761-3914
FAX:06-6761-7154
営業時間:9時~18時 定休日:日曜・祝日(年始・夏季一週間)
店舗には、だし用の商品がたくさん並んでいる。だし用の昆布は全て真昆布である。
「こんぶ土居」の商品は、化学調味料や酵母エキスなどのうまみ調味料を一切使わずに作られている。川汲(かっくみ)浜の天然真昆布と鹿児島県枕崎のかつお節と高知の完全天日塩のみを原料にした「本格十倍出し」は、グルメ漫画「美味しんぼ」77巻でも紹介されている。
文=日下部貴美子 写真=谷 秀樹