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見方を変える ―わたしのものさし あなたのものさし―
参加体験型学習(ワークショップ)を行うために
1 参加体験型学習とは
参加体験型学習(ワークショップ)は、単に知識を一方的に伝達する学習方法とは違います。そこでは、アクティビティと呼ばれる一つのまとまりのある学習活動(ゲーム的な活動や作業、対話など手法は様々)を組み立てて参加者に提供することで、問題を頭で理解するだけではなく、心の動きを受け止め、体を使いながらトータルに学ぶことを大切にしています。すなわち、参加者が積極的に「参加」し、活動を「体験」して、これを参加者同士で行う「相互作用」によって、問題を「学習」したり、解決に向けた「創造」を行ったりする学習活動のことです。
人権侵害は、地域・職場・学校など、様々な人がいる場で起こります。解決するためには、知識を得るだけではなく、態度やスキル(技能)を身に付けることが必要です。こうした実践的な学びのために、参加体験型学習は有効です。
参加体験型学習については、「楽しかった」といった声がある一方で、「自己紹介したりしないといけないので、照れくさいし、緊張して嫌だ」「ゲーム的なことが多く、何のためにやっているのか分からない」といった声も聞かれます。しかし、こうしたアクティビティを通じて参加者同士の関係性を作ったり、自分のことを相手に率直に伝える方法や相手のことを受け止めたりするコミュニケーション能力などを身に付けるのです。
まず自分自身で考え、自分なりの答えを探す。そして、参加者同士で一定の方向性や解決策を探っていく。こうしたことが人権学習を深めていくために有効な取組として重視されているのです。
(1)ファシリテーター
参加体験型学習を進行・促進する人をファシリテーターと呼びます。
ファシリテーターは、単に学習を進行するのではなく、「学び」を促進していく役割を持っています。参加者の状況に応じてアクティビティを用意し、進行しながら参加者の意見を引き出し、気付きを促しながら、「学び」を深めていきます。
ファシリテーターには、参加者と対等な立場でともに学ぶという姿勢が必要です。
(2)アクティビティ
一つの素材、話し合いの材料を使ったまとまりのある学習活動のことで、プログラムを構成する一つの部品の役目をしています。
(3)プログラム
参加体験型学習全体としての目的やねらいを達成するために、アクティビティや講義(情報提供)などを組み合わせて作る、一つの流れです。学習を進めていく上での具体的なプロセスを示しています。
2 学習を企画する
(1)学習の目標を設定する
参加体験型学習では、学習を通じて参加者とともに作り出したい目標を設定することが必要です。対象者や学習が行われる場によって、どのような人権問題についての理解や態度、技能を身に付けていくのか、どのような取組に生かしていきたいのかを決めます。そして、それを学習を始める前に参加者と共有しましょう。
(2)参加者を知る
学習の目標を設定するためには、参加者がどのような人たちなのかをつかんでいくことが必要です。大人なのか子どもなのか、性別はどうか、これまでどのような学習や取組をしてきたのかなどによって、何を考え、何に悩み、何を学びたい(ニーズ)と思っているかなどを推し量ることができます。
(3)学習の流れを考える
1)アイスブレーキング
参加者の緊張や硬い雰囲気を柔らかくし、意見を出しやすくしたり、作業を行いやすくするためのアクティビティを、アイスブレーキング(「氷を砕く」の意味)と言います。アイスブレーキングには、こういった学びの場を暖めるという効果の他に、学習を進めていくために参考となる情報を知ることができる場合もあります。
方法は、簡単なゲームや意見のやりとりなど様々です。学習の前に置いたり、学習の途中で入れたりもします。
2)プログラム
学習のテーマに沿って、アクティビティを組み合わせていきます。組み合わせは、学習の目標に到達することができるように、系統立てたものにします。課題への「気付き」から、社会で自分がどんな「行動」ができるかまでを体得する内容が必要でしょう。
また、学習では自らの考えを相手に過不足なく伝えることや相手の話をきちんと聴く中で問題を解決する力を付けるための技術を学び、実践するということにも配慮した内容のプログラムを作る必要があります。
3 講座の運営
(1)様々な状況に柔軟に対応でき、参加しやすさが増す会場設営をする
講義形式の場合の定員の1.5から2倍広い会場を準備します。また、机やイスは可動式で、段差などのないフラットな会場を選びます。参加体験型学習に苦手感が強い参加者が多い場合は、講義形式のスタイルで始め、参加者の状況やアクティビティに合わせてグループ活動を行うこともあるので、変更が容易な会場設営が必要です。
また、参加体験型学習ではグループになったり、何らかの動きを伴うプログラムが行われることから、平成28(2016)年4月に施行された障害者差別解消法の趣旨も踏まえ、車いす利用者なども移動しやすい会場設営が必要となってきます。
(2)参加者の緊張感をほぐして参加しやすくする運営を行う
講座は参加者が会場に入ってきた時から始まっています。まず、受付でにこやかに対応されることで参加者の緊張は和らぎ、参加のハードルは下がります。逆に、受付や会場案内で威圧的な対応をされたりすると、学習でファシリテーターが発する「お互いに尊重」「人は対等」などといったメッセージと矛盾することになります。
(3)様々な当事者がいることを前提として進行を行う
講座には人権問題の当事者が参加していることを前提に、学習を組み立て実施していくことが大切です。
「参加者に当事者がいるかもしれない」と思いをはせることがないと、当事者が存在しないかのような言動につながり、当事者を傷付けることになったりもします。また、差別的な発言に出くわしたり傍観したことのある人が、それを思い出すことなどもあります。お互いを傷付けず、安心して話し合いができる場になるよう努めることが必要です。
参加者は様々な特性や背景を有しているという想定で学習を行っていくことが大切です。例えば、身体障がいだけでなく、色覚障がいや発達障がいなど、本人からの情報がなければ分かりにくい場合もあります。また、外国人でなくても様々な事情から日本語の読み書きに不自由を感じる方もいらっしゃいます。
すべてのことへの対応は難しいかもしれませんが、チラシや会場での掲示、配付物などで想定される限りの事前配慮を行い、参加者がスムーズに学習に参加できる環境を作ります。
4 実施する
(1)事前にできる工夫
1)学習スタイルを事前告知する
まだまだ講義形式の学習が多い中、参加体験型学習の経験がない人もいます。チラシや案内などで学習スタイルを告知し一定の心構えを持って参加する方が、スムーズに学習が進みます。
2)参加者とファシリテーターをつなぐ
参加者のニーズを事前に収集しファシリテーターに伝えることで、参加者のニーズに応えることのできる学習につなげていきます。
(2)ルール作り
参加者が自分の意見を出したり活動しやすくするためには、参加者が「この場では自分を出していいんだ」と思えるように、「安全」な環境を作ることが重要です。
その一つとして、学習のルールを作ることが有効です。参加者から提案してもらながら作るというように、アクティビティとしてプログラムに組み入れる方法があります。また、ファシリテーターが提案し承認をもらう方法もあります。
(3)参加者を尊重する工夫を行う
参加体験型学習では、自分自身のこれまでの経験や感情と向き合う場面が多くなります。そのため、葛藤や矛盾が起こりやすく、感情の揺れや整理し切れていない感情の湧出から緊張度が高まる場面も出てきます。
例えば、「パスOK」「しんどくなったらその場を離れてもいい」などの学習のルールを作り参加者と共有することで、参加者を尊重した学習の進行が行えるようにします。
(4)グループ活動のサイズを参加者の状況に応じて変化させる
参加体験型学習の経験が少ない、あるいは自分の意見や気持ちを言うことに苦手感を持つ参加者も想定されますので、2人(ペア)のアクティビティから始め、徐々にグループの人数を増やすアクティビティにするなど、参加しやすいプログラムを作ることに留意します。
また、グループは、ずっと黙っている人が出にくい4から5人のサイズとし、一人ひとりの意見が引き出される工夫を行います。
(5)必要な葛藤を起こす
参加者一人ひとりを尊重することは大事ですが、「癒しの場」で終わってしまっては、学習を実生活で生かすことは難しいです。参加者が相手と自分との違いを見つけたりそれを主張する場合、時には居心地の悪さや不安を感じるかもしれません。しかし、現実生活では、「受容」だけでなく「対立」と向き合う姿勢とスキルがないと、問題は解決しません。
ファシリテーターは、目標に向けて適切な課題=ハードルを設定し、ハードルをクリアしようとする試みを促し、ともに「学び」を作り出すことこそが大切なのです。
(6)「正しい」答えよりプロセスを大切に
人権問題については現実には様々な状況があり、学習によってすぐ答えが見つかるとは限りません。また、参加体験型学習は一つしかない答えを知る場ではありません。明確な答えを見つけられなくても、それを一緒に考えて取り組んだ過程や、その過程で自分を見つめる時間が大切なのです。
(7)何を発言するかは自分で決めることのできる場に
自分を見つめた結果を人に伝えるか伝えないかは、本人が決めることです。特に人権学習では自己決定が大切なポイントですから、学習の中でもそういった配慮が必要です。
また、参加者の中には、差別や暴力を受けたなど、つらい経験をした人がいるかもしれません。つらい気持ちのまま無理に参加しなくてもいいこと、できる範囲で参加すればいいことを、必要に応じて伝えながら進めます。
また、確固とした信念を持っていて他の人の意見を聞かない人がいたら、ファシリテーターはその信念を認めつつ、他の人の意見も聞いてみることを勧めます。このような人もいるかもしれないことを念頭に置きましょう。
(8)聞いているだけの人や話し続ける人が生まれない仕掛けを
参加者の中には話し出すと止まらなくなる人もいます。その場合は、ファシリテーターから一人が話す時間の目安を示しておくことが有効です。また、「他の人はどうですか」などと声をかけて、他の参加者からの発言を促すこともできます。
(9)各グループのもとへ出かける
グループ内でのコミュニケーションに気を配るためにも、ファシリテーターは各グループのもとへ出かけましょう。そして、次の学習の進行についての情報収集、グループ内のコミュニケーションのアンバランスの指摘、議論を深めるための助言などをしていきます。
その時には、一つのグループに集中するのではなく全体を見渡すことが必要です。全体を見渡すために適しているグループ数は5から7だと言われています。
(10)発言を個人だけのものにしない
参加者一人ひとりの発言にある「気付き(疑問なども含みます。)」を取り上げ、問題解決のために一般的な課題として全員の話し合いの材料にすることで、傍観者を生まず、内容も豊かなものにすることができます。
(11)差別的な発言や非難する発言にはきちんと対応する
人権問題を扱う学習の中では、時には差別につながるような発言や相手を一方的に非難するような発言が出たりします。その時は答えを急がず、他の参加者にも意見を出してもらいながら、参加者とともに考えていきます。
しかし、あまりにも過激であったり差別を意図した発言である場合や意見交換をする時間がない場合は、自分の考えをきっちり説明するなど、ファシリテーターの姿勢をきちんと示したいものです。
(12)最後には必ず「現実」とつなげる
参加体験型学習が「楽しかった」だけで終わることなく、学んだことを実生活をより良くする一助とするためにも、学習活動の展開の最後に「現実」とつなげる要素を入れることが大切です。「学習したことを社会に置き変えるとどのように考えられるか」「感じたことや気付いたことを元に、これからできることは何か」といった問いかけは欠かせません。
このことが、参加者の「学びの場への参加」から「社会への参加」を促すことにつながるのです。
(13)学習を通し、実社会の課題解決をめざす
参加体験型学習は、自らと社会をふりかえるという学習プロセスを大切にします。
学習の中では、思いがけない反応や受け入れがたい意見も出てくることがあります。出てきた現象だけを見て学習を進めるのではなく、その背景に何があるのかにまで思いをはせ、そういった意見も尊重する気持ちや態度が必要となってきます。
学習の場は非日常であるかもしれませんが、決して日常と切り離されているわけではありません。
学びの場に参加する経験を通して実際の社会に関わり、課題を解決していくことを忘れずに取り組むことが、学習後の生活に影響を与えることにつながります。
5 ファシリテーターが大切にしたいこと(心得)
(1)主役は参加者
ファシリテーターは大事な役割ですが、講演会の講師のように主役ではなく、参加者の学びを促進するサポート役です。
また、ファシリテーターが正論を押し付けて、その場は円満に終わったとしても、参加者の行動につながることにはなりません。どんなプロセスであれ、自分自身で考え他者と意見を交わすことにより、学んだことが身に付き、実際の生活での行動を変えていくことにつながります。
(2)参加者の力を信じる
講師は知識を持っている「偉い」人、参加者は講師に教わる「分かっていない」人、という構図を学習の場で見ることがあります。しかし人は、もともと「力」を持っている存在です。まずは、その「力」を信じてファシリテーターが参加者に問いかけることで、参加者の中から学びの方向が出てきます。
(3)まずは受け止める
学習を進めていると、受け入れがたいような発言が参加者から出てくることもあります。ファシリテーターだからといって参加者のすべてを受け入れる必要はありませんが、まずは「そういう考えもあるんだ」と「受け止める」ことが大切です。その上で、学びの目的達成のために必要な学習展開を行っていきたいものです。
(4)正直である
ファシリテーターは参加者に対して正直であるべきです。自分では判断がつかなかったり考えたことがないことに、学習の場で出くわすこともあるでしょう。また、緊張してうまく進行できないこともあるでしょう。そういった時は、自分の状態を正直に参加者に伝えるのです。
このようなファシリテーターの自己開示やともに学ぶ姿勢が、参加者が自分自身をありのままで受け入れ参加のハードルを下げることにつながるのです。
(5)すべてを一人で引き受けなくてもいい
ファシリテーターは、参加者の質問や意見にすべて一人で対応する必要はありません。他の参加者を置き去りにして一対一の対話になることこそ避けるべきです。傷付いたりひっかかったりする言葉や態度があった場合は、参加者同士の学びの機会となるよう、全体の課題とすることが大切です。
6 ふりかえり
講座終了後には、ふりかえりの時間を持つことが大切です。
参加者にとっては、ふりかえりにより学んだことを自分の中でより整理することができます。また、ファシリテーターは、次の実施につなげるためにも、できなかった点ばかりを反省するのではなく、できた点にもきちんと目を向けていくことが必要です。単にできなかったことに落ち込んで終わるのではなく、自分の長所をより生かし短所をどう改善していくのかという、次につながる生産的なふりかえりを行っていくことが大切なのです。
(1)参加者のふりかえり
ふりかえりシートを書くことで、参加者に学習内容を整理してもらう機会としたり、参加者の理解度を測ったりすると良いでしょう。
用紙は、大き過ぎると参加者のプレッシャーとなりますので、A5サイズ程度のものにするなどの工夫も必要です。
ふりかえりシート作成の観点を紹介しますので、講座に合わせた内容で作成してください。
1)不要な情報は収集しない
職場研修などどうしても必要な場合以外は、名前や性別などふりかえりの目的に照らして不要な情報は収集しないようにします。
しかし、どうしても性別などの情報を収集しなければならない場合は、記載欄を空欄にするなどの工夫をします。
2)感想を数値化する
感想を「良かった」「良くなかった」と単純に二分するのではなく、1から5まで数値化するなど、参加者の満足度をよりきめ細かく計ります。
3)講座をふりかえることができる内容にする
学習で何をしたかをふりかえるだけでなく、自分自身にどういったことが起こり、どういう変化が起こったのか、また、それは何に役立っていったのかをふりかえることができる内容とします。
4)学習をより良くするための改善策を考えることができる項目を入れる
次の学習をより良いものにしていくための改善点を考えてもらいます。運営者やファシリテーターへのフィードバックとなるのはもちろん、参加者自身が内容や運営などをけなしたり文句を言うだけではなく、そういった視点で物事を考えることができるきっかけとなるからです。
(2)ファシリテーターのふりかえり
1)内容面をふりかえる
時間管理などの実務的な面だけでなく、ねらいに沿った学習を行えたかなど、内容をふりかえることができる項目にします。
2)次回に向けた改善策につながる内容とする
単にできなかった点を反省するだけでなく、良かった点を見つけ次回に生かせる点を考えていくことで、次のファシリテーションのエネルギーにします。