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人権学習シリーズ ぶつかる力 ひきあう力 「対立」に向き合うスキル
「対立」に向き合うスキル
ねらい
対立に向き合うために、ここでは大きく3つのスキルを取りあげます。まず、物事のとらえ方は人それぞれに違うことを理解し、自分の見方と他者の見方を「どちらが正しいか」ではなく、「どのような立場から違いが生じているのか」と考えてみることです。これは、対立の場面だけではなく、相互理解のためには不可欠なことであり、発想や視点を柔軟にすることが求められます。
そして、対立の場面でやりとりされている内容を、表面的にではなく、より深めて考えるための整理の仕方です。ここでは、「要望」と「本心」という言葉で表現し、分けて考えます。本当に満たされたいものはなにか、自分自身をふりかえることにもつながります。
最後に、自分も相手も大切にした建設的なコミュニケーションを行うためのスキルである「わたしメッセージ」を学びます。たんなる妥協ではなく、おたがいが十分に納得した問題解決をめざした話し合いのための、とても重要なスキルです。
学んだことを行動につなげるには、こうした具体的なスキルを身につけることが必要です。そのために、ロールプレイを通じて、実際にそのスキルを練習し、現実の場面に応用できるための第一歩をめざします。
プログラムの流れ
ものの見方はそれぞれ、さまざま
その人の視点・立場や、それまでの経験や価値観によって、同じものでも、どのように見えるかは本当に多様です。それは、どれが正しくてどれがまちがっている、といったことではないのです。
アクティビティ:これ、なんの形?
わたしの立場・あなたの意見
ある町内の話し合いの場面を設定します。そのなかであなたに与えられた役割から、どんなふうに物事がみえるでしょう?どんなことをめぐって対立がおこるでしょう?
アクティビティ:対立についてのロールプレイ パート1
対立に向き合うスキルを知ろう
自分も相手も尊重しながら対立に向き合い、解決を探るためのスキルを身につけましょう。それぞれの主張の「要望」と「本心」を整理し、自分の言いたいことを「わたしメッセージ」で表現する方法を学びます。
アクティビティ:要望と本心
「わたしメッセージ」で伝えよう
対立の解決に取り組もう
学んだスキルを使って、先ほどの町内の話し合いの「解決編」に取り組みます。この経験を活かし、現実の対立の場面でもスキルを活用していきましょう。
アクティビティ:対立についてのロールプレイ パート2
はじめたいこと・やめたいこと・変えたいこと
〔準備するもの〕
これ、なんの形?の図(ホワイトボードに書かない時のみ準備)
プリント「役割カード」(グループ数)
ワークシート「対立の記録をつけよう」(参加人数分)
ワークシート「わたしの本当に満たされたいものは・・・」(参加人数分)
マグネットあるいはセロハンテープ(「これ、なんの形?」で図を貼る場合に必要)
のり付きふせん(参加人数分)
ホワイトボードと専用ペン(黒板も可)
アクティビティの進め方
これ、なんの形?(15分)
この図を見てください。(下の図)
ホワイトボードに図を書くか、あらかじめ描いてきたものを貼る。
円形に座っている場合床の真ん中に図を描いた紙を置くのもよい
いったいなんの形でしょうか。思い浮かぶものを自由にあげてみてください。想像力をはたらかせて、いろんなパターンを考えてみましょう。
どの方向から見たときに、そう見えますか。
同じものを見ても、見る角度によって、あるいは全体ととらえるか部分ととらえるかによってなど、解釈はさまざまに変わってきます。
できごとの解釈にも同じようなことがいえます。同じできごとに向き合っていても、人によって解釈の仕方はさまざまなのです。そして、そのことが対立につながったり、対立の解決を難しくしたりしていることが多いのです。
対立についてのロールプレイ パート1(40分)
- 具体的な場面で考えてみましょう。「なみかぜ町の町内会での話し合い」という設定でのロールプレイを行います。
4人1組でグループになります。
適宜、グループわけをする。4の倍数にならない場合は、5人のグループをつくる - 役割カードを配ります。カードには、それぞれ異なった役割が書いてあります。
5人グループは、Dさんを2人にする
これからその役割になりきって、町内会の集まりの話し合いをしていただきます。準備のために、各グループから同じ役割の人が集まって自分の役割について確認しておきましょう。「Aさん」「Bさん」「Cさん」「Dさん」のそれぞれで集まってください。役割カードに書いてあることをよく読んで、自分の立場を確認し、これから町内会でどのような発言をするか、同じ役割の人どうしで相談してください
5分ほど時間をとる。参加者数が多く、役割で集まったときの人数が6人以上になる場合は、話しやすいようにさらに分けるなどの工夫をする。また、「Dさん」は、こちらからの役割の指示がないので、普段の自分でいくか、独自に役割を設定するかを相談してもらうようにする - では、もとのグループに帰ってください。役割カードには「Aさん」「Bさん」となっていますが、あらためて名札をつけていただきましょう。ふせん紙をお渡ししますので、このロールプレイの中で呼ばれたい名前を書いて、おたがいに見えるようにはってください。
話し合いの時間は、10分間です。それでは、話し合いをはじめてください。
ファシリテーターはグループの様子を見て回る - 時間がきたので、いったん終わってください。
いまの話し合いの中に、どのような対立があったでしょうか。ワークシート「対立の記録をつけよう」を配布しますので、記入してください。
記入したものをもとに、グループでいまの話し合いを簡単にふりかえりましょう。「町内会の話し合い」の続きにならないように、気をつけてください。
参加者にワークシート「対立の記録をつけよう」を配布する
ロールプレイの中での名前でなく、参加者自身の名前で呼び合うように促すとよい
どんな話し合いがあったか、発表していただけますか。
時間に応じて、いくつかのグループに発表してもらう
要望と本心(5分)
ワークシートに整理してもらったように、「それぞれの人が主張したこと」のくいちがいから対立が起こっています。
ここで、はじめにやった「これ、なんの形?」を思い出してください。同じ出来事であっても、それぞれの人の立場や背景によって解釈が違ってくるのは当たり前なのです。対立に向き合うときには、その場で主張されていることと、その背景となっていることを分けてみることが大切です。
対立の状態にある人々がほしいと主張しているものを「要望」。「要望」を出している理由となっている欲望や望み、不安や心配事のことを「本心」といいます。
たとえば、こんな練習問題で考えてみましょう。
子どもが門限をやぶって夜遅くに帰ってきた。親が玄関で怒っている。
親「ちゃんと門限を守りなさい!」
子「ほっといてよ!」
「門限を守れ」「ほっといて」というのは、「要望」です。けれど、親は時間通りに帰ってきさえすればそれでいいのでしょうか。子どもはほんとうに親にかかわってほしくないのでしょうか。たとえば、もう少し掘り下げて考えてみると、親の側には「夜遅くなると何かあったのではないかと心配だ」、子どもの側には「自分なりに考えてやっているのだから、信頼してほしい」という気持ちがあるかもしれません。この掘り下げたところにあるものを「本心」というのです。いまのは例ですから、状況によってちがう「本心」もあるでしょうし、いろんな「本心」がからみあっている場合もあるでしょう。
やっかいなのは、自分でも自分の「本心」がつかめていないことがしばしばあるということです。とくに、対立の場面では感情が激しく動いているので、より難しいのです。
「わたしメッセージ」で伝えよう(5分)
自分の「本心」をつかみ、それを適切に相手に伝える方法として、「わたしメッセージ」というものがあります。
「要望」は、自分の思うように相手に変化してほしいと求める「あなたメッセージ」になっていることが多いものです。「あなたメッセージ」は、攻撃的になりやすく、対立をこじれさせてしまいます。
それに対し、「わたしメッセージ」は、自分を主語にし、気持ちにも焦点をあてながら、どうしたいかを伝えるものです。
「わたしメッセージ」の作り方
- 事実を確認する
- 「わたしは」で自分の気持ちを表現する
- 建設的・具体的な提案をする
先ほどの親子の例で言えば、親の側は「心配」、子どもの側は「信頼してほしい、(信頼されていないように感じて)傷つく」といった気持ちを表現することで、相手への理解が深まり、やりとりはずいぶん変わってくるのではないでしょうか。
対立についてのロールプレイ パート2(40分)
いま、紹介した「要望と本心」「わたしメッセージ」ということを使って、もう一度、ロールプレイに取り組んでみましょう。
- 同じ役割の人どうしで集まってください。ワークシート「わたしの本当に満たされたいものは…」を配りますので、話し合って、記入してみていただけますか。
- 参加者にワークシート「わたしの本当に満たされたいものは…」を配布する
- Dさんの役割の人には、A・B・Cさんの「要望」と「本心」ついての分析をしてもらう
同じ役割の人でも、解釈がちがうことがあるでしょう。正解はありませんから、いろんなパターンがあってかまいません。
- では、元のグループに戻り、もう一度ロールプレイをやってみましょう。
ワークシートに書いたことを思い出しながらすすめてみてください。
10分程度、時間をとる - 1回目のロールプレイとどのような変化がありましたか。いくつかのグループに発表してもらいましょう。
はじめたいこと・やめたいこと・変えたいこと(15分)
今日は、対立に向き合うためのスキルについてとりあげました。今後に活かせそうなものはあったでしょうか。少し、ふりかえる時間をとりますので、この学習で学んだことをもとに、これから「はじめたいこと・やめたいこと・変えたいこと」について考えてみていただけますか。
- 1~2分、静かな時間をとる
いま、ふりかえったこと・考えたことの中で、言ってもかまわないことを、一言ずつ、お願いします。 - 時間があれば、全体で輪になって一言ずつ発表する。時間がなければ、グループの中で、またはペアでの共有でもかまわない
ファシリテーターのために
ロールプレイのパート2、「解決編」ではどのような展開があったでしょうか。このプログラムのロールプレイでは、「1対1」ではなく、いくつかの役割が設定されてはいるものの、基本的には「個人対個人」の対立です(もしかしたら、展開のなかでどちらかの味方になる人が現れるなどしたかもしれませんが)。独立した、対等な個人どうしの対立であれば、ここで紹介したスキルをおたがいに活用すれば、かなりいい形で対立を扱うことができるでしょう。
しかし、現実にはすっきりとした対等な「個人対個人」の対立になることは、そうありません。そもそも、対等な関係ということ自体が困難であり、なんらかの力関係が作用していることがほとんどです。この教材ではセクハラ、パワハラをとりあげたプログラムも紹介していますが、まさにハラスメントは男女や職階にもとづく力関係が背景にあります。ハラスメントの被害を訴え出た場合に、逆にトラブル・メーカーのように見られてしまう二次被害も、残念ながらよくおこることであり、そこには「個人対集団(組織)」という大きな力の差がある対立の図式が見てとれます。
力関係それ自体は、たとえば、誰がどのくらいの権限を持つかを明確にして組織を運営するためや、親が子をしつけ、育てるとともに保護するためなど、必要な場面も多いでしょう。また、多数派、少数派のように数のうえで差があったり、経験や知識のように個人差があったりすることが力関係につながってしまうことも避けがたいことです。
大切なのは、力関係があるから対等ではない、ダメだ、ということではなく、力関係を認識し、そこで「力の濫用」が起こらないようにすることです。対立の場面で、力を不当につかって自らに都合のいいような解決をもたらそうとすることは、暴力にほかなりません。
このように考えてくると、次の段階として、力関係をどう読み解き、向き合うか、といったことが必要になってくるでしょう。さらには、不公正な力関係をどう変革するか、つまり組織や社会をどう公正なものにしていくか、ということにつながっていきます。「現実的な対立に向き合う」ということは、こうした大きな課題に取り組むことなのです。
「そんな大それたことじゃなくて、身近な、ちょっとした、でも現実的な対立を扱うことができれば…」と思われたでしょうか。現実の課題を扱うには、このプログラムで紹介したスキルだけでは、少し物足りないかもしれません。けれど、基本的なスキルとして、確実に役に立つことはあるはずです。そして、これらのスキルを身につけて活用する人がふえること、「力の濫用」のない対等な関係をつくろうという試みを重ねることは、少しずつ変化をもたらします。昨日と今日ではちがいは実感できないかもしれませんが、5年、10年といった未来の変革につなげていくために、できることからはじめてみましょう。
プリント
役割カード
- Aさん
あなたは、なみかぜ町の住人です。この町の郊外ののんびりした雰囲気がとても気に入っています。
家の庭は、ふだんは、洗濯物を干したり、子どもの遊び場になったりしています。あまりマメな方ではないので、手間のかからないものを中心に植木屋さんに木を植えてもらい、たまに雑草を抜く程度です。
以前、住んでいたマンションは、ペットを飼うことができなかったのですが、この家に引っ越して、猫を飼いはじめました。子どものころ実家には猫がいて、ずっと飼いたいと思っていたのです。きちんと予防接種や去勢手術もしているので、猫用のドアから自由に出入りできるようにしています。ただ、最近は、動物虐待などのニュースもあって少し心配です。どこかで水をかけられたのか、雨でもないのに濡れて帰ってくることもあります。先日は、動物病院で園芸用の肥料や薬を間違って食べて中毒になったペットの話をききました。隣のBさんは園芸が趣味のようで、薬をまいたりしているのをときどき見かけるので、気になっています。
今度の町内会の集まりで、ペットのことが話し合われるという案内がありました。ちょうどよいので、安心して猫が散歩できるよう、話をしようと思っています…。 - Bさん
あなたは、なみかぜ町の住人です。この町の郊外ののんびりした雰囲気がとても気に入っています。
念願の庭付きの家で、ガーデニング(庭いじり)を思う存分できるのが気に入っている理由のひとつでもあります。
通りからも見える花壇では、四季折々の草花を植え替えて、道行く人にも楽しんでもらっています。雑草を抜いたり、肥料をやったり、害虫を駆除したり、と手間はかかりますが、そのぶん花が咲いたときにはうれしいものです。
お隣の庭から、枝が伸びてきたり、落ち葉が庭に舞い込んだりしますが、自分の庭を維持するために、と思って掃除をしています。
ただ、最近、花壇が荒らされていることがあります。土の手入れをしてよく耕した花壇に、動物のフンがおちていたことが何度かありました。このあいだは、植え替えたばかりの苗が抜かれていました。庭の隅の肥料の袋が破られていたこともあります。足跡からいって、猫のようです。ガーデニング仲間からは、猫の尿をかけられた植物がすっかり弱ってしまった、という話をきいたこともあります。お隣の猫が、庭を横切っていくのを見たことがあり、気になっています。
今度の町内会の集まりで、ペットのことが話し合われるという案内がありました。ちょうどよいので、飼い主がちゃんと管理をしてくれるよう、話をしようと思っています…。 - Cさん
あなたは、なみかぜ町の町内会長です。この町の郊外ののんびりした雰囲気がとても気に入っています。
この町に暮らしている人が、みんな仲良く、おだやかに過ごせたら、と思っています。町内会の集まりは、毎年、決まった行事を分担してすすめるくらいで、あとは集まった人でお茶を飲んで親睦をふかめる、という雰囲気でうまくやってきました。
今度の町内会の集まりも、とくに決めなければいけないことはないので、いつもどおりすすめるつもりです。市から「動物愛護週間」のチラシを配るように連絡があり、「ペットのことについて」というテーマを案内にはいれておきました。チラシには、「犬や猫を捨ててはいけません」「予防接種をしましょう」など、ごく常識的な内容です。チラシを配ったら、おたがいどんなペットを飼っているかなど、楽しく話せるよう、すすめたいと思っています。
※あなたの「では、次のテーマの「ペットのことについて」にうつります。何かありますか」というセリフで、ロールプレイを始めてください。 - Dさん(4人グループの場合)
あなたは、なみかぜ町の住人です。
今日は、町内会の会合にやってきました。事前の案内には「ペットのことについて」とありました。
役割についての詳しい状況設定はとくにありません。話し合いをききながら、「自分だったら」と考えて、自由に発言してください。また、独自に役割(性格)を考えて設定し、演じてもらってもかまいません。
プリント「役割カード」/役割カード(PDF:383KB)
ワークシート
対立の記録をつけよう
- 簡単なあらまし(関わっている人の名前、何をめぐる対立か)
- どのようにして起こったか、どのように悪化したか
- それぞれの人が主張したこと
- この対立に名前をつけるとすれば…
ワークシート「対立の記録をつけよう」・ワークシート「わたしの本当に満たされたいものは・・・」/対立の記録をつけよう・わたしの本当に満たされたいものは…(PDF:374KB)
ワークシート
わたしの本当に満たされたいものは・・・
- 「要望」として主張したことは…
- 要望の背景にある「本心」は…
- 「本心」をもとにした「わたしメッセージ」(セリフとして書いてみてください)
事実:
わたしの気持ち:
提案: