ヘンリー・パルマが発明した風力利用のモノレール
モノレールは、最近開発された交通機関のように思われがちでありますが、はじまりは意外に古く、
文献によれば、今から150年余前、ちょうど蒸気機関車が実用される前後の1820年代と記されています。
1825年、蒸気機関車による鉄道会社が、イギリスのストックトンからダーリントン間にはじめて旅客鉄道
を運転したが、モノレールはこの年よりもさらに4年前1821年既に考案されていました。イギリスの特許
発明第461号には、このモノレールの最初の記録がのっています。
この発明者ヘンリー・パルマはモノレールを次のように言っています。
「モノレールは、車両の重心がレール上部表面より下部におかれ、地表より高いところで支え
られ、1つの軸の上に車両が走るもので、鉄道建設の一つの改良型というべきものである。」と。
1884年 アメリカ、ウォーターバレー
こうして、ヘンリー・パルマはロンドン埠頭内で、貨物輸送用としてモノレールを敷設しました。
これが最初のモノレールです。その後、1年して、シェッツュント湿地を渡り、リア河までレンガ
輸送のモノレール線をつくりました。しかし、当時のレールは鉄製のレールではなく、木材のレー
ルで、これを支柱で支え、このレールに車をまたがせ、貨物を積み、馬で引っ張ったという。
1826年、パルマはこのモノレール・モデルをドイツに展示し、これが 機となってバルメンからエル
バ−フェルト間に石炭輸送用の”パルマ−ライン”を建設するための会社をつりました。この計画
は実現をみなかったが、1901年に、この2つの町村間につくられた懸垂式モノレール、いわゆる現在
のウッターペルタール・モノレール建設のきっかけとなりました。
その後、数々のモノレールが考案、実験されたが、当時の技術からは難点があり、実用段階には
いたりませんでした。
現在のウッターペルタール・モノレール
ところが、1888年フランスのシャルル・ラルティーニュの考案になる跨座式モノレールがアイルラン
ドで約15kmの距離をもって旅客・貨物の輸送を行うにいたり、ようやく実用化のめどがつくようになり
ました。この最初のモノレールは、ボイラーを2本並べた機関車によるけん引で、運転速度は約29km/h
最高速度は約43km/hまで出せたという記録されています。
ちなみに、大阪モノレールの運転速度は約35km/h、最高速度は75km/hです。
このモノレールは1888年から1924年まで、36年間、自動車の進出の時まで続きました。
一方、このころドイツで、上記の懸垂式モノレールがオイゲン・ランゲ ン氏によって考案されてい
ます。このモノレールは、1901年ウッペルタールに13.3km建設されたもので、これはウッペルタールの
町が細長く、かつ一方に河を控えている関係上、地上に鉄道を建設することが困難であったため、河の
上を利用せざるを得ないことからつくられたものです。このモノレールは現在なお活躍しています。
その後、1925年に、ドイツのケルン郊外でアルウェーグ式跨座式モノレールの模型実験が行われ、
これを基礎とし、1957年、同所に1.8kmの実物大の実験線を建設し、改良されたアルウェーグ式実用
モノレールを実験しました。
これが現在各国で用いられているアルウェーグ式モノレールの基本型です。
アメリカ、ディズニーランドのモノレール
同じく、日本でも独自の非対称懸垂式モノレールを上野動物園内につくった。また、1960年にパリ
南方でサフェージュ(対称型懸垂)モノレールが作成されました。
ところで、一般の鉄道もモノレールも、ほとんど同時期に出発しながら、モノレールが鉄道に比べ
てそれ程進歩しなかったのは、高いところを走るモノレールよりも平面を走る鉄道の方が、簡単で
費用も安かったことが原因になっています。
しかし、都市交通の混雑に伴い、地下鉄よりも建設費が安く、短期間に建設することが出来ること
から、近年モノレールが注目されています。
資料提供 社団法人日本モノレール協会
このページの作成所属
都市整備部 交通戦略室交通計画課 総務グループ
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