第1章・第2章

更新日:2011年12月20日

1 技術専門校が行う職業能力開発施策

 大阪府では、職業に必要な労働者の能力を開発、向上させることにより、職業の安定と労働者の地位の向上を図るため、職業能力開発促進法に基づき、各種の職業能力開発施策を実施しています。
 施策の推進にあたっては、昨年9月に策定した「第7次大阪府職業能力開発計画」に従って、施策を3つの柱(1 企業・労働者が行う職業能力開発の支援 2 時代の変化に対応した公共職業訓練の推進 3 技能の振興・継承)に分け、労働者の職業能力の開発、向上を通じた府民の安定した職業生活の確保という目的の達成に向け、総合的、計画的な事業展開を図っています。
 公共職業訓練は、職業に必要な高度の技能や知識を習得させる高度職業訓練と基礎的な技能や知識を習得させる普通職業訓練に分かれますが、大阪府の職業能力開発行政の中核をなす府立の高等職業技術専門校7校で実施している職業訓練は、このうち普通職業訓練にあたります。平成14年度は、府立高等職業技術専門校において求職者向けの訓練を定員1,440名で、在職者向けの訓練を定員3,919名で実施しており、府民が職業に必要な知識、技能を学ぶ場として大きな役割を果たしています。

2 技術専門校の沿革

 公共職業訓練は戦後の混乱した世情の中で、戦災者、復員者、引揚者等の失業対策事業(職業安定法に基づく職業補導事業)として出発しましたが、現行の職業訓練の礎となる職業訓練法(昭和33年法律133号)の施行により、技能労働者の養成へと転換されました。
 大阪府の公共職業訓練は、昭和22年の大阪府労働部職業補導課の発足と昭和23年の「公共職業補導所」(府内の12か所)の名称統一により、実施体制が整備されました。
 昭和30年代には、昭和33年の職業訓練法の施行と同時に職業補導課を職業訓練課に改め、各公共職業補導所を職業訓練所と改称し、基本的に新規中卒者を対象に、第2次産業に従事する技能工養成に大きな役割を果たしてきました。
 昭和40年代には、職業訓練の種類の体系化に伴い、各職業訓練所は、専修職業訓練校を経て、松原・堺・守口の各校については昭和47年4月から高等職業訓練校へと名称変更され、翌4月には、東淀川高等職業訓練校と夕陽丘女子高等職業訓練校が誕生しました。また、同和問題の解決のためには、地区住民の生活と職業の安定を図る必要があるため、昭和47年10月、芦原専修職業訓練校が新設されました。

 一方で、高度成長期においては、労働力不足、高学歴化の進展、技術革新の進展に伴う技能労働者の質的・量的変化や産業構造の変化に伴う離転職者への職業転換訓練の必要性などを背景に、訓練の対象者は高卒者、離転職者や在職者にも拡大する実施体制が整備されてきました。この間、昭和54年4月には、芦原専修職業訓練校を芦原高等職業訓練校に名称変更するとともに、職業訓練法が職業能力開発促進法に改正されたのに伴い、昭和61年4月から職業訓練課が能力開発課と改称され、地域の企業や労働者に対する職業能力開発に係る助言、相談、情報提供等のサービス機能を備えた、地域に開かれた職業能力開発に関する中核的施設として、高等職業訓練校が高等職業技術専門校に名称変更されました。
 その後、平成元年には、若年のものづくり技能者の養成を中心とした東大阪高等職業技術専門校が設置され、平成3年には、地域における労働者の職業生活を通じた教育訓練機関として新たに設置されたA´ワーク創造館との連携を踏まえながら、芦原高等職業技術専門校が建て替え整備されました。さらに、平成12年には、夕陽丘女子高等職業技術専門校を男女共学化して、夕陽丘高等職業技術専門校として建て替え整備し、現在に至っています。

 私 た ち は 職 業 能 力 開 発 と 人 材 育 成 に 取 り 組 ん で い ま す

このページの作成所属
商工労働部 雇用推進室人材育成課 

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