おおさか人権情報誌そうぞうNo.42 インタビュー「災害と人権」

更新日:2018年6月4日

防災の原点は、誰も取り残さないこと。命にかかわる緊急時こそ、守られるべきは「人権」

渥美 公秀(あつみ ともひで)さん(大阪大学大学院人間科学研究科教授、認定NPO法人日本災害救援ボランティアネットワーク理事長)

渥美さん

 大規模な災害は多くの人命、生活基盤や働く場を奪い、被災者は突如として大きな困難に直面します。また、情報不足やデマなどによる人権侵害が生じることもあります。

 さらに、被災者はその後の避難生活でも多くの困難に苦しみます。なかでも子ども、高齢者、障がい者、外国人などといった、特別な援助や配慮を必要とする人たちの場合、その困難はより大きなものになります。

 災害が発生したとき、いかにして全ての被災者の人権を守っていくのかは重要な課題であり、多くの論点がありますが、今回は大阪大学大学院人間科学研究科教授で、認定NPO法人日本災害救護ボランティアネットワーク理事長の渥美公秀さんに、地域づくりの観点からお話をお伺いしました。

人権の視点でボランティア活動をふりかえる

 私がボランティア活動の研究と実践を始めたのは、自身が阪神・淡路大震災に遭い、避難所でボランティアをしたのがきっかけです。当時まだ一般的ではなかった災害ボランティアに注目が集まり、私も周囲から求められるがまま、ボランティアに関する情報を発信していました。率直にいうと、そこに「人権」の視点はほとんどなかったと反省しています。

 たとえば震災直後に避難所にいた妊婦さんや、日本語での会話がスムーズでない方が、翌日には姿が消えていたこと。あるいは、避難所内の雑談から「あの人たちに配るものはない」など特定の地域の人たちを排除するような発言が耳に入ってきたこと。

 私自身、見聞きしたことに「よくない」と危機感を抱きながらも、混乱する場を少しでもスムーズに回していくことを優先してしまい、結果的に何もできなかったことが大きな悔いとして残っています。

 その後、NPO法人日本災害救援ボランティアネットワークに参画し、全国各地の被災地でボランティア活動をしてきました。そのなかで「本当に、避難所を“うまく回す”ことが最優先なのか?」という疑問が生まれたのです。

地域のつながりが人権を守る力になる

 避難所には、様々な人々が集まってきます。そして様々な事情や要望を持っています。どこから手をつけるべきか。避難所を運営する人たちは優先順位をつけざるを得ません。すると必ず後回しになる人や取り残される人が出てきます。そして往々にして、取り残されるのは障がいのある人や外国人など少数派の人々です。たとえば温かいストーブの近くや食事を受け取るために並ぶこと。障がいの重い人の中には一人で動くことができない人もいますし、外国人の中には日本語をよく理解することができない人もいます。そのような人々が周囲の人々と同じように並ぶのは難しいでしょう。かといって、声を挙げるのも難しい。身体に障がいのある人がお風呂に入る時、「介助をしてほしい」と要望すると、「ぜいたくだ」などと言われたという話を聞いたことがありますが、その人にとっては、決してぜいたくなことではありません。

 優先順位をつけた結果、こうして周囲の人々から取り残される人が出てきます。「では、どうすればいいのか?」とジレンマに()るリーダーもいるでしょう。しかし私はそれをジレンマと呼ぶこと自体、間違っているように思います。命にかかわる緊急時こそ、人間として幸せに生きていくための権利である「人権」が守られるべきだと思うのです。かつての私も含めて、この一番大事なことにはっと気づけないのが問題ではないでしょうか。

 もちろん、気づける人もいます。避難所生活におけるプライバシーの確保などが課題となる中、最近では女性の視点を取り入れた避難所運営が注目されていますが、ある避難所で女性のためのスペースを作った女性を見ました。「テントを持っているから、体育館の中にテントを張ります」と言い、サッと作る様子を見ながら「なるほどなあ」と思いました。多くの人が()元まで出かかっていながら言えないこともあるでしょう。そんな時、パッと行動で示してもらうと「こうすればいいのか」と学べますね。

 一方で、こんな話も聞きました。東日本大震災で津波に遭い、夫も子どもも亡くした女性が避難所に来られたそうです。しかしストーブの数が足りず、「よそ者は出て行ってくれ」と言われたと。何十年もそこで暮らしたのに、元々その地域の人だった夫がいなくなると排除されてしまう。その女性は「怖くて避難所に戻れない」とおっしゃったそうです。

 避難所はどうしても殺気立った空気になりがちです。そのなかで一人ひとりの人権を守るためにはどうすればいいのか。私はやはり、日頃の地域とのつながりがいざという時に生きてくると考えています。女性、高齢者、障がい者、外国人など、地域で生活する様々な人たちが集まる場をつくり、それぞれの困り事や気づいた事などを話し合う。そこで話すことは防災に限定しなくてもいいと思います。たとえば地域の祭りに一緒に取り組む中でお互いを知り、人間関係ができるでしょう。私の経験では、日頃から地域活動に取り組んでいるところは、ボランティアの受け入れがスムーズに感じます。それは自分たちにできることとできないことを認識し、できないことは助けてもらうという意思統一ができているからです。

気づいた人から動く。遊動性を大切に

 「防災」という文脈でいうと、どうも歴史的に見ると三つの考え方があると考えます。第一の考え方は専門家のアドバイスを受けて動く防災。防災訓練などがそうですね。第二の考え方は、私も提案した「防災と言わない防災」。あえて防災という言葉を使わず、防災への関心が必ずしも高くない人々をも含み、それでいて結果的に防災になるような取組を模索してきました。今もさまざまな人が取り組んでいます。

 しかし私は今、視野が狭かったと反省しているところです。結局は防災にこだわっていたと。第三の考え方として、先ほどお話ししたように、地域づくりをしておけば防災ができるという原点に戻ろうと思っています。私たちの団体名には「災害」がついているので防災と言います。しかし障がい者団体は障がい、平和団体は平和と、自分たちの言いたいことを言いながら地域に入っていけばいい。それぞれに違うことを言いながら一緒に地域活性化に取り組むことが、結果的に防災にもつながっていくのではないでしょうか。

 熊本の仮設住宅では、ワンワン大作戦と銘打った活動があります。犬を飼っている人たちが集まり、犬の散歩をしながらゴミ拾いをするんですね。子どもが来たら「怖くないよ、()でてごらん」と声をかける。そして犬の散歩をした後はきれいになっているわけです。熊本の避難所では犬や猫のためのシェルター「わんにゃんハウス」が建てられました。ペットが家族だという人もいれば、アレルギーの人も苦手な人もいます。対立するのではなく、どちらも尊重する方法を探すことをあきらめないでいたい。そのために多様な分野で経験を積んだ人たちに入ってもらうのが大切だと学びました。

 体育館にテントを張った女性の話をご紹介しましたが、気づいた人がたった1人でもいればできるのが災害ボランティアの世界です。マニュアルを作って秩序化することも必要ですが、気づいた人から動くという遊動化を意識したほうがより多様なことができると実感しています。また、そこにこそ「誰も取り残さない防災」への手がかりがあるように思います。

 

このページの作成所属
府民文化部 人権局人権企画課 教育・啓発グループ

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