人権学習シリーズ ちがいのとびら 多様性を学ぶための場づくり

更新日:2016年2月9日

多様性を学ぶための場づくり

1 多様性を学ぶワークショップ

 ワークショップは、「参加型学習」「参加体験型学習」などともいわれます。学習者は単なる受け手ではなく、主体的、積極的に場に参加し、さまざまなアクティビティ(学習活動)を体験し、そこで気づいたことや考えたことを相互にやりとりしながら、学びを深めていきます。
 近年、学習場面に限らず、まちづくりや組織運営、アートなどさまざまな分野でワークショップが用いられています。“WORKSHOP”とは、もともと「工房、作業場」という意味で、つまり何かをつくり出す場所ということです。学習におけるワークショップとは、参加者が自ら学びをつくり出す場、ということができるでしょう。ワークショップが広がってきた背景には、「実践の共同体」への参加を通して学ぶという学習論の発展やワークショップを進めるための具体的方法の開発があります。
 人権学習にも、ワークショップの取り組みが広がっています。ここでは、なぜワークショップで学ぶのか、場づくりで大切なこと、ファシリテーターに求められるもの、などについて考えていきたいと思います。

●その場にいる人たちの多様性から学ぶ
 多様性を学ぶのに特別に事例を用意することもあります。けれども、忘れてならないのは、その場にいる参加者の中にすでに多様性があるということです。さらにいえば、私たち一人ひとりの内側に多様な側面があるのです。
 「同じ地域」に暮らしている、「同じ職場」で働いている、「同じ講座」に参加している、そんな私たちの間にも、さまざまな違いがある―。このあたり前のことを振り返ることが多様性に向きあう第一歩です。違っていることをふだん意識していないのはなぜか。違っていることが生きにくさにつながってしまうのはなぜか。どんな違いが社会の中で差別につながっているのか。身近なところから社会へと視点を広げていきます。
 それとともに、自分の内側にある多様性への気づきも大切です。ワークショップの中でも、多くの人と共通した感想を持つこともあれば、自分だけが他の人と違った意見を持つこともあるでしょう。自分の中に多数派としての側面と少数派としての側面の両方があり、それらが複雑に絡みあっていること、そのことが自分のものの見方や考え方にどのように影響しているかを知ることは、どのように人権課題に向きあい、社会に関わっていくかを考えるうえでとても大切です。また、自らの多様な側面への自覚を持つことは、マイノリティ(少数派)と呼ばれる人たちとのかかわりにおいても、その人のマイノリティとしての属性で見るのではなく、多様な側面を持ったまるごとの存在として向きあうことにもつながるのではないでしょうか。
 同じと思っていることの中に違いを見い出し、違うと思っていることの中につながりを見い出していく。その両方が参加者のやりとりの中から生まれるのがワークショップなのです。

●対立に向き合う
 「対立」というとどのようなイメージがあるでしょうか。辞書で引くと、「2つの反対の立場にあるものが並び立っていること。互いに相いれないものが向かいあっていること」(大辞林)と説明されています。
 ワークショップでは、一人ひとりの意見を大切にします。そこでは、1つの課題についても正反対の考え方や意見が出されることもめずらしくありません。「対立」が起こることは、ある意味あたり前なのです。
 多様性を尊重するためには、対立に向きあうことが不可欠です。人権の歴史自体が、既存の社会に異議申し立てをして新たな規範をつくることの積み重ねなのですから、言い換えれば、問題提起により明らかになった対立を社会全体として乗り越えてきた過程とも言えるのです。対立そのものが悪いのではありません。それを力で解決しようとしたり、相手を否定することで自分を正当化しようとしたりすることが問題なのです。大切なのは、対立があることを認め、向きあい、ともに解決の道を探ることです。
 そう考えれば、多様性を学ぶワークショップの中で対立が起こることは、むしろ歓迎とさえいえるかもしれません。いつもとは少し違った角度から考え、いつもより一歩踏み込んだ意見を思い切って出しあえるような場をつくるよう心がけましょう。そうすることで、日常の中でともすれば見過ごしてしまったり、立場の弱い人がガマンしたりすることで表面化していないような課題が明らかになれば、そこからともに考えていくことができます。誰もが不慣れな対立に向きあうことは、ワークショップという安全な学びの場でこそ、試みたいことです。自由に意見を出しあう場で対立が起こることを恐れるのではなく、対立を通して見えてきたものをみんなの課題として取り組む姿勢を持ちましょう。

●アタマだけでなく、ココロとカラダも
 多様性の尊重が大切だ、ということは多くの人に理解されています。知識(アタマ)としてはわかっているのです。わかっているけれど、なかなか現実を変える行動につながらない。そこで大事なのは、行動を促したりためらわせたりする気持ち(ココロ)を正直に受けとめ、どうしたらいいのかという具体的な方法・スキル(カラダ)を身につけることです。
 ワークショップでは、多様な意見が飛び交います。共感したり、反発したり、戸惑ったり、さまざまに感情が揺れ動きます。話しあって理解が深まる。うまく言えなくてひっかかりが残る。そうした喜びや葛藤は、現実の社会でも同じです。自分がどんなふうに感じているかをじっくり味わってみましょう。「感じる」ことには正しさも間違いもありません。大切なのは、自分の気持ちをよくつかんだうえで、それでも大事にしたいことやできることはなんだろうか、と考えていくことです。誰かを「キライだな」と感じる、そんな気持ちが出てくることもあるでしょう。その気持ちを押さえ込んで、「キライになっちゃいけない」「スキにならなくては」と思う必要はないのです。けれど、「キライだから」といって意地悪したり排除したりしていいわけではありません。「キライだけど尊重する」という気持ち(ココロ)を認めたうえで、アタマでわかっている理念を現実にしていく行動を選んでいくこともできるのではないでしょうか。
 そのために、スキルを学ぶことも欠かせません。自分とは異なる見方や考え方の意見をしっかり聴く。自分自身の意見を過不足なく表現する。いろんな視点からものごとを分析してみる。考えたり話したりするペースや、知識・経験の量の違いを力関係にせずに話しあう。こうしたスキルは、多様性を尊重するうえで不可欠です。そして、ワークショップでは、これらのスキルを実践しながら学びの場が展開していくのです。スキルは実際に繰り返しやってみることでしか身につきません。多様性が尊重される社会を実現するためには、学びの場で多様性を尊重しあう具体的な行動を試みることが不可欠なのです。

●「学びの場への参加」から「社会への参加」へ 
 ワークショップは現実の社会とは違う“非日常”の場です。ワークショップでゲーム的な活動をしたり、仮定のもとに話しあったりすることが、厳しい現実の課題を解決することにどうつながるのか、という疑問が出されることもあります。ワークショップが「やりっぱなし」にならないために、以下の2つの点を確認しておきたいと思います。
 1つは、ワークショップで用いられる学習活動(アクティビティ)の展開の最後に現実とつなげる要素を必ずいれることです。「学習活動で体験したことを社会におきかえるとどのように考えられるか」「感じたことや気づいたことをもとに、これからできることは何か」といった問いかけは不可欠です。アクティビティの流れは、本来、こうした問いかけも含めた全体として成り立つものなのですが、手法のめあたらしさやその場での楽しさにのみ焦点があてられがちです。アクティビティとは別に、社会の現実の部分を「解説」「まとめ」の講義として付け加える場合もあります。もちろん、必要に応じて事実を知らせたり、情報を提供したりすることは大切です。その場合も、情報提供で終わるのではなく、講義を踏まえて、もう一度参加者が主体的に考え、現実につなげていけるようにしたいものです。なお、ファシリテーターが小講義などを行なうこともありますが、あらかじめ用意されたまとめや結論の押し付けであってはなりません。あくまで、参加者とともに考えていくための材料や視点の提示にとどめましょう。場合によっては、とりあげたい内容にふさわしいゲストを招いておいて、話していただくという方法なども組み合わせてみてください。
 もう1つは、参加者を全体的な存在として尊重するということです。すでに述べたように、ワークショップは、アタマで理解するだけでなく、ココロの動きを受けとめ、カラダを使いながらトータルに学ぶことを大切にしています。目の前にあらわれている参加者の姿としっかり向きあってください。それと同時に、目の前にあらわれている参加者の姿だけで判断できないことを心に留めてください。参加者には、ワークショップの中だけではうかがいしれない背景があります。思いがけない反応や受け容れがたい意見にも、その1つひとつにその人なりの理由があります。ワークショップのなかの言動だけで判断することは、その人の背景を切り捨ててしまう危うさをはらんでいます。なぜ、そうした反応や意見が出てくるのかにまで思いをはせ、尊重する姿勢を忘れないでください。
 ワークショップの場は、非日常ではあるかもしれませんが、決して現実と切り離されているわけではありません。学びの場に参加する経験を通して、実際の社会にかかわり、課題を解決していくことこそめざしているものであることを忘れず取り組んでください。

2 場づくりで大切なこと

●みんなでルールづくり
 ワークショップの初めには「ルールづくり」を行ないます。学びの場が率直でオープンなものとなるために大切な作業なので、ファシリテーターがルールを提示するのでなく、参加者とともに考えるようにしましょう。
 参加者に、「安心して話し合うためのルール」「人権を学ぶ場に大切なこと」「より深く学ぶために心がけたいこと」といった質問をします。「ルール」という言葉が堅苦しいようなら、「大切なこと」にするなど、質問の表現は、場に応じて適切なものに工夫します。まず2、3人の少人数で話しあい、全体に発表・共有します。出されたものは、できるだけ参加者の表現のまま板書します。わかりにくいときは、勝手に解釈してファシリテーターの言葉で表現せずに、「○○ということでいいですか」と確認しながら書くようにします。連続講座であれば、模造紙に書いておくと後の回もそのまま使えます。
 ひととおり意見が出たら、読みあげて確認します。実際に出された例にはこのようなものがあります:
 「話を途中でさえぎらない」「時間を守る」「積極的に発言する」「発言を強制されない」「プライバシーを守る」「一人で長くしゃべりすぎない」「自分の意見をしっかり言う」「人の意見をよく聴く」
 そのままでも構わないのですが、場合によっては否定形や禁止形のルールの言いかえを行ないます。「“○○しない”となっているものを、“△△する”に言い換えてみると」と考えてみるのです。「破らないように気をつけなくちゃ」というルールではなく、「いろんなことにチャレンジしよう!」と場を活性化し、肯定的な姿勢を打ち出すことがねらいです。
 実際にワークショップの中で行なわない場合でも、ファシリテーター自身のトレーニングとして、どのように言いかえるか、考えてみるとよいのではないでしょうか。例えば、「話を途中でさえぎらない」「一人で長くしゃべりすぎない」「相手の話を否定しない」といったルールを肯定形に言いかえるとどうなるか、ぜひ考えてみてください。
  多様性をテーマにしたワークショップにおいては、とくに以下の2つのルールについては、参加者から出ていなければファシリテーターから付け加えた方がよいでしょう。キーワードは「自己開示」です。

●パスもOK ―ムリに自己開示しなくてもいい
 参加者には多様な背景があり、立場によって感じ方や受けとめ方も違います。意見を言うといっても、自分の背景を抜きに語ることはできません。人によっては、「積極的に参加しよう」というメッセージが、自己開示を強要されているように感じられることもあります。どこでどのように自己開示するかを自分で決められることは、大切な権利の1つです。ですから、「言いたくないことは言わなくてもいい」という場にしておくことが大切です。とはいえ、「言いたくない」というのは、それ自体が強い意図を感じさせる表現なので、「パスあり」くらいの気軽な表現でルールとして共有しましょう。

●守秘・プライバシーを尊重する ―この場だからこそ自己開示
 ワークショップの中では、一般論ではなく、自分がどのように感じ、考えるかを出しあい、そこから学びを深めることをめざします。ですから、場に対して安心感・信頼感を持ってもらえることが大切です。
 なかでも、率直に語ってもらうためには、守秘のルールが不可欠です。守秘とは、「その人が語ったことを、もう一度語れるのはその人自身だけ」ということです。つらい話やしんどい話を勝手に他で語ってはいけないことについては、比較的理解が得られます。しかし、「いい話なら広めても構わないのでは」と考える人も多いようです。でも、聞いた側にとって「いい話」でも、話した人にとってどうかはその人自身に確認しないとわかりません。また、人を介して伝わることで、話が変わってしまうのもよくあることです。どんな話であれ、個人の話はワークショップの外ではしないというのが原則です。
 もちろん、ファシリテーターが話したことは共有を前提としていますし、自分自身が感じたことや学んだことについては、話すことで学びの輪を広げることができるでしょう。

●ルールづくりの意味
 ワークショップの初めにルールづくりをすることには、場の規範を言葉として明確にし、共有するという意味があるだけではありません。ファシリテーターがどのような場をつくろうとしているのかを作業そのものを通して伝えることにもなるのです。例えば、「ともに場をつくる」「どんな意見も尊重する」「肯定的に向きあう」といったことを、ルールづくりの過程でファシリテーター自身が実践することで、言葉としてでなく、場の雰囲気やあり方そのものにあらわしていってください。

●安心してチャレンジできる場とするために
 ルールづくりをするときに、「安心」にかかわる項目の提案が参加者から出てきます。「意見を否定しない」「相手を批判しない」「肯定する」…。不用意に傷つけられるようなことがないために大切なルールです。確かに頭ごなしに否定したり、人格を攻撃したりするようなことがあってはなりません。けれど、「批判」は本当に避けるべきものでしょうか? 相手の意見を否定しないということと、さまざまな意見や見方を率直に出しあうことは、どのように両立するのでしょうか?
 異なる意見や違和感を持っているにもかかわらず、「なるほど、そんな考えもあるね」「あなたはそう思うんですね」と言うだけでは、ともに学ぶ姿勢とはいえないでしょう。どんな意見も否定せず、聴きあうだけでは、多様性を尊重しているどころか、単なる「何でもあり」になってしまい、人権尊重という最も大切な目標も見失いかねません。
 「違いを認めあう、尊重する」とは、単に「違いますね」と確認して終わるのではなく、「なぜ違うのか」「どうしてそう考えるのか」と踏み込み、相手の意見をより深く理解しようとすることです。そして、お互いに理解を深めていく中で、違いの中から一致点を見つけたり、違ったまま一緒にいることを模索したりすることこそ、本当に相手を尊重する姿勢だといえるのではないでしょうか。
 同じことや共通点を見つけると安心し、人と違っていると不安になってしまうのはよくあることです。ましてや、批判したりされたりすることには、慣れていないと緊張が伴うことでしょう。そうした場では「安心」は感じられないかもしれません。このことは、どう考えたらよいのでしょうか。
 ある研修でトレーナーに尋ねてみたところ、「Safe(安全)な環境にすることは大切だが、Comfortable(心地よい)にする必要はない」という明快な答えが返ってきました。
 新しいことを学ぶ過程では、これまでのあり方を振り返り、変えていくことも必要になります。それは、必ずしも心地よい(Comfortable)ものではないかもしれません。けれど、自分を問われることなく、深く学ぶことはできないのです。もちろん、場の安全(Safe)は保障する必要はあります。そのうえで、ぜひ、少し居心地の悪い(Uncomfortable)状態にチャレンジしてみてほしいのです。外の道を自転車で走れるようになるために、まずは転んでも大丈夫な場で練習するのと同じように、実際の社会に活かせる学びを得るために、安全のルールを共有したワークショップの場では、一歩踏み込んでチャレンジしてみましょう。
 一人ひとりを尊重することは当然ですが、参加者が求めることに応え受容するだけの“癒しの場”で終わっては、何のためのワークショップでしょう。多様性を学び、違いを尊重する姿勢を身につけることをめざした学びの場です。ファシリテーターの役割は、場の安全を確保するだけでありません。目標に向けて適切な課題=ハードルを設定し、ハードルをクリアしようとする試みを促し、ともに学びをつくり出すことこそが大切なのです。

3 ファシリテーターに求められるもの

 ワークショップでの学びの主役は、あくまで参加者です。ファシリテーターは参加者が十分に力を発揮して、学びあうことができるよう、場をつくり、働きかけます。そのときに大切なことを「わたし」「あなた」「みんな」の3つの点から整理してみました。
 まずは、取り組みたいテーマを「みんな」の課題として考えていくための問いをたてることです。参加者が主役といっても、場に対する責任はファシリテーターにあります。また、ファシリテーター自身に思いがなくては、場をつくることはできません。その思いを、“答え”や“まとめ”として提示するのではなく、参加者とともに考えるための“問い”として組み立てるのがファシリテーターの役割です。どの角度から考えればいいのか。どうすれば自分にひきつけることができるのか。ファシリテーター自身も考えていきたい切り口から問いかけることで、ともに学ぶ関係をつくることにもつながります。
 そのうえで、その場にいる「あなた」、つまり参加者を信頼することです。ともに学び、社会を変えていく仲間として、目の前にいる一人ひとりを信頼し、尊重することです。ときに、やる気の感じられない参加者と出会うこともあるでしょう。しかし、その人を「こんな人はダメだ」と決め付けてしまったら、その時点から、一緒に学んでいくことはできません。相手にも、自分が否定されていることは伝わります。相手を信頼し、尊重することから、変化に向けた力は生まれるのです。
 最後に、ファシリテーターである「わたし」自身を見つめ、受けとめることです。参加者の前に立っていると、参加者の様子には注意をはらうのに一生懸命になってしまい、自分のことを忘れてしまいがちです。けれど、いま、ここで、自分自身がどんなふうに感じているかということをしっかりつかんでおかないと、無意識のうちに参加者の上に立とうとしたり、無理やり自分の答えに引っ張ったりということをしてしまいがちです。ときには、ファシリテーター自身の混乱や葛藤も開示しながら、ともに学ぶ姿勢で参加者に向きあいましょう。
 参加者だけでなく、ファシリテーター自身も学びを深め、社会にかかわって行動を起こしていくエネルギーをお互いに充電しあうようなワークショップの場をつくっていってください。
 


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このページの作成所属
府民文化部 人権局人権企画課 教育・啓発グループ

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