平成27年度 大阪府同和問題解決推進審議会専門委員からの個別意見聴取(平成27年8月/10月・11月実施)議事概要・配付資料

更新日:2016年3月31日

議事概要

平成27年度 大阪府同和問題解決推進審議会専門委員からの個別意見聴取

1 専門委員別実施日及び実施場所   

 高田一宏専門委員

 平成27年8月24日 月曜日 午後1時から午後2時40分
 大阪府咲洲庁舎38階 府民文化部会議室

 平成27年11月6日 金曜日 午前10時から午前10時40分
 大阪大学大学院 人間科学研究科棟内

 灘本昌久専門委員 

 平成27年8月17日 月曜日 午前11時から午後1時
 京都産業大学 第3研究室棟内

 平成27年11月4日 水曜日 午前11時から正午
 京都産業大学 第3研究室棟内

 西田芳正専門委員  

 平成27年8月20日 木曜日 午後3時から午後5時
 大阪府立大学 地域保健学域教育福祉学類校舎内

 平成27年10月29日 木曜日 午後4時から午後5時
 大阪府立大学 地域保健学域教育福祉学類校舎内

 三浦耕吉郎専門委員

 平成27年8月11日 火曜日 午前10時から正午
 関西学院大学 研究推進社会連携機構内

 平成27年10月27日 火曜日 午前11時から正午
 関西学院大学 研究推進社会連携機構内

 

 

 

 

 

 

 






2 意見聴取次第
(1)開会
(2)意見聴取
 聴取事項 「行政データ」及び「国勢調査」を活用した実態把握の結果について
(3)閉会

3 意見聴取(要旨)

「行政データ」及び「国勢調査」を活用した実態把握の結果について
 〔平成27年8月から同年11月までの専門委員からの個別意見聴取要旨〕

※個別意見要旨は、専門委員ごとに一括して記載(専門委員の記載は順不同)。また、記載中の「同和地区」等の文言については、個別意見聴取時の専門委員の発言に則して記載。

<A委員>
○ 従来の同和行政の捉え方は、「部落差別があるので貧困が生み出される。だから、部落差別をなくすために低位な生活実態を改善しよう」、「差別の結果、貧困が生まれ、その貧困が差別を生む」という差別と貧困の循環論で、差別に重きを置くという捉え方である。

○ この捉え方がアカデミックに正しいかどうかは別にして、長年その方向性で歩調を合わせてやってきたことにはかなり意味があったのではないか。この百年間の中で、あれだけひどい生活の中で差別があったにもかかわらず、自暴自棄になることなく差別を一定程度なくす方向性がついてきたということでは意味があった。

○ 大阪は対象地域外から対象地域に入ってきている人の量がかなり多い。人の出入りが多いという話は、それが部落差別の結果であるかどうかに主に関係してくる。大阪は大きいまちであり農村的なところも都市的なところもあって、部落のあり方は多様な気がするし、特に一括りにはしにくく、地域を一括りにして、これが部落差別の結果だとは、もう数字的にも言いにくい。

○ 「対象地域に生じている生活実態の課題を特に同和問題と捉えること」は、理屈としては成り立つかもしれないが、住民にとってリアリティはなく、行政的にも意味がないと思う。科学的に、あるいはアカデミックに言っても、対象地域の様々な問題を「被差別の結果、生み出された低位性だ」と言うことは、なかなか難しい。

○ 部落差別はあるかもしれないが、今それを理由にして特別対策を行うことはマイナスが多い。社会が貧困を生み出して、個人がそれに巻き込まれていくので、ますます一般対策として実施しなければならないが、一般対策自体が今の水準でいいかどうかは別の話で「府として一般施策できちんと対応できる」という、ある程度の自信が持てる一般施策でなければならない。

○ 対象地域の生活実態の課題について対策は必要だが、施策としては一般施策しかないため、対象地域だけを特定した調査をするということは、年を経るごとに何のために調査をしているのかということになる。行政として、一般施策にした結果どうなっていくかをフォローして見ておく必要があるので調査はすればいいと思うが、国勢調査を活用した実態把握であれだけのことがわかるのだから、それ以外に特別な調査をする必要はなく、あとは意識調査をしておけばいいのではないか。

○ 行政の行う調査としては、今回の実態把握のような国勢調査等の各種データでいいと思う。研究的には同和地区から出た若い人のインタビュー調査をすれば面白いかと思うが、それを行政にしてほしいという希望はない。

○ 行政としては「生活が成り立っていて、子どもの教育ができていて、健康が守られているのか」というレベルの調査でいいのではないか。文化に根ざした、何か深いところを一生懸命掘り下げる必要はない。

○ 同和地区の市営住宅などの空き家は一般からの募集で入っているところもあるが、そうなると貧困者が集まる地域になる可能性はある。外から同和地区に入ってくる人は、外国人や安い家賃を求めて集まってくる人であったりすることに対しては、そもそも行政として貧困対策をどういう枠組みで進めるかという研究をしなくてはいけない。

○ 対象地域に課題が集中的に現われていると言うが、もともと集中していたかどうかも定かではない。部落差別がひどく、課題が集中しているということで、特別対策をしていこうとしたわけであるが、実際には、そんなには集中していなかったのではないか。

○ 今回の実態把握からすると、同和地区にだけ課題が集中している状況ではないわけだが、母子家庭や父子家庭は、まち中に散らばっているし、同和施策のように地域を特定して施策を打つわけには行かないので、きめ細かく広くやらざるを得ない。

○ 大阪の場合は、全国的に見て対象地域の規模が非常に大きいので、他府県と比べて「あそこは部落だ」という視線は残りやすいと思う。また、いわゆる昔の部落産業の痕跡も割とある方なので、昔ながらの部落産業の仕事が残っていると、生活の安定という点ではいい面もあるが、あそこは部落だという周囲の視線は残りやすい。

○ 昔の部落のように、そもそも親の世代や祖父母の世代に教育が欠落していて、かつ家が貧しい、住宅事情も悪いというような困難さの多重性がある場合は、単純に「母親は学校で勉強をすることができてはいたが、母子家庭だから貧しい」という場合に比べて、相当ハンデがあり子どもの教育に悪影響もあるから、部落が極端に悪いということがあるが、それはかなり改善されているのではないか。

○ 困難さの多重性が残っていて、統計的に見るよりさらに部落だけ困難な状況があるときであればともかく、一般的な尺度で行政サービスをされたら、形式的には平等でも結果的には部落が不利益になるということは、今は特にないと思う。最大の問題は、比較的貧しい人が流入してきて生活が安定した人が流出することだと思う。 

○ 昔の調査は原因を探るのではなく、同和施策をするための根拠に格差はあるかどうかを調べて、格差が出たら「これは差別だ」という言い方をしていたが、さすがに、もうそうは言えず、「格差があるからこれは部落差別の結果だ」とは言えないという意識にはなっている。以前は、例えば進学率が全体は30%のところ部落が20%で、10%の格差があったとすると、部落差別によるものと解釈してきたわけであるが、それは今言わなくなっている。 

○ 行政は「原因が何であるかということはともかく、格差があってそれに苦しんでいる人たちがいれば、行政としては調査をする」というのが基本スタンスであり、私も同じ考えである。 

○ 生活実態の低さがあればどの地域であっても、極力行政がサポートするのだが、そのとき一番必要なことは、本当に何が欠落しているか、例えば進学率がなぜ低いかという実態把握である。なぜ進学率が低いのか、学費が出せないのか、あるいは家の経済を支えているので勉強する時間がないのかなど、ある程度原因を探る実態把握は行政として必要であるが、それは同和問題ではなく、行政サービスの質を高めて効率的に実施しようということである。 

○ 地域住民と行政の間をつなぐ隣保館的な地域拠点があることは悪くはないのではないか。大正時代のセツルメントのように、比較的生活困窮者が多いところでの行政施策の窓口、拠点のようなものがあった方がいいと思う。 

○ 基準該当地域の人口が、同和地区外に5倍もいるのであれば、なおさら一般施策で対応しないと行政として著しく問題である。同和地区にはまだ課題は残っているだろうから、一般施策によっても、結果として同和地区に厚くなることもあると思うが、それはあくまで結果としてそうなるもので最初からそうするものではない。

○ 基準該当地域で本当に困難を抱える家庭は、児童虐待もあれば子どもの教育ができない問題もあるし、一人親家庭であれば労働の問題や健康上の問題もあるだろうし、そういうものが折り重なっているだろうと思われる。 

○ 行政としては難しいかもしれないが、かつての同和事業をふくらませてということではなく、逆に、同和地区の残された課題にも対応できるような、生活困難地域支援のための普遍性のある施策をゼロから考えた方がいいのではないか。この施策を実施しようと思えば、同和事業を核に基準該当地域の施策に拡大していくのではなく、NPOなど自主的に取り組もうという人を主体としないとやっていけないと思う。 

○ 「出だしは行政が支えるが、しばらくしたら自立してください」というやり方で、自立している試しがないと思っているので、最初から自立性をもつ気のあるNPOを作ってもらう方向で、各地域のまちおこし、まち支えのようなことをしてもらえればいい。ゼロから、地域主体、NPO主体として、行政はなるべく出しゃばらず、首を突っ込みすぎないで、できることをするということにしようとすると、同和事業との継続性は一度切った方がいいと思う。

<B委員>
○ 「対象地域で見られる課題の現れ方は多様であり、一括りにすることはできない」というのは出発点だと思う。一括りにできないということは大事だが、同時に、地区と地区外という括り方をした時に依然として格差は残っているということも、今回の実態把握で確認された重要なポイントの一つである。 

○ 地区、地区外それぞれの中でも課題の現れ方は違うので、従来のような地区、地区外という捉え方では重要なことが見えてこない。部落の中の多様性について大阪府内で言えば、大規模な地域から、かなり農村的な特徴が残っているところまで、生活困難の度合い、流出入のありよう、人口減の状況も相当違っているはずであるが、今回の実態把握では、そこには踏み込んでいない。 

○ 府内の対象地域間の比較と地域内の比較の両方が必要である。同じ対象地域ということで一括りにしていては、もう大事なところは見えなくなっている。さらに、例えば、対象地域の中でも公営住宅のあるところが困難の度合いが高いということがあるのかもしれない。あるいは、建替えが遅れて取り残されている木造民営借家が相当残っているのかもしれない。新たな調査というよりは、今回の実態把握の生活実態面のさらなる分析作業が必要だろう。 

○ 生活困難層の受け皿として機能している公営住宅が対象地域に多く所在していることが、対象地域に課題が集まる主要な要因の一つであると思う。 

○ 生活に困難を抱えた人が他の地域では住まいを求められずに移ってきて、安定した人は外に出ていかざるを得ないというようなメカニズムが、基準該当地域でも対象地域についても起きていることが予想される。 

○ 同和対策事業で生活の安定を勝ち得た人たちが、子どもの年齢が上がってくると、同和対策事業で造られたものであるものの、公営住宅が手狭になって外に出ざるを得ないという状況になり、より望ましい住宅環境を求めて同和地区外に住居を求めるということは、当然あり得ると思う。 

○ 対象地域における困難性の持続ということに関して言えば、単に広い、住みやすいところに出たいということだけではなく、差別から逃れたいというような思いも当然予想できるが、それがどれぐらい関わっているかということは今回の実態把握のデータからはわからない。 

○ 推測になるが、対象地域の中にある公営住宅といっても、大阪府内でも駅に近いなど利便性の高いところは外から人が入っていて、そうでないところは外からの人はあまり入っていない。公営住宅のありようも一括りにはできないと思う。やはり、地域と関係ない人がたくさん流入しているところと、実質的にはあまり流入がないところの違いは相当出てきていると思う。 

〇 対象地域の公営住宅か否かを問わず、そこに移り住んだ人が、ここは住みやすいなどというような情報を意図的に伝える形で呼び寄せる、集住のメカニズムはあるが、入ってくる人の側に差別への抵抗が少ないか多いかは、わからない。 

○ 低家賃の民間住宅が比較的多いところに、なかなか住まいを見つけられない困難層が多く集まっている。だから、公営住宅が受け皿になっていることに加え、民間の住宅も受け皿になっている可能性がある。 

○ 差別が親あるいはその上の世代にもたらしてきた負の蓄積が、まだ影響しているというような面はあるはずで、単に生活の不利な人たちが集まっている、あるいは残っているという状況でも、やはりその背景に何があるのかということは忘れてはいけないことだと思う。 

○ 対象地域に課題が集中する要因は何かというと、なかなか難しい議論になるが、複雑な要因が絡んで、その背景には、やはり歴史的な昔の背景がまだ残っていると思う。ただ、それが今の生活の中で直接に不利益をもたらしているかといえば、以前とは状況が大きく変わっていると思う。 

○ 学歴や職業の安定度についても対象地域内外の明確な格差はある。対象地域や基準該当地域についても、大阪府全般と比べれば違いはあるが、その違いがもたらされたメカニズムというのは遡ってみると明らかに違うはずである。

○ 部落出身であることで就職が不利になることは、大阪のような大都市ではもうないと思うし、直接的な差別の壁や不利益も相当なくなっていると思う。 

○ 若い世代の学歴の低位性や失業率の高さというような生活実態の違いがあるが、そこに差別の影響はないと言えるのかどうかは、わからない。親の世代の教育経験や親の世代の生活の不安定さが、マイナスの条件として今の若い世代の育ちに影響しているはずであり、子どもや若者の生活の中で、部落、同和地区に対するネガティブなメッセージというのは、昔ながらの、あるいは新しいメディアを通じていろいろな形で伝わっていると思う。 

○ 自分が部落出身だと知らない子どもたちには、それが非常に難しい形で伝わると思う。知らされたことで、学校や仕事を続けられなかったり、あるいは、交際、結婚の面で少し後ろ向きになったりというようなことは、若い世代に特有の状況で現われているのではないかと思う。生活実態については部落差別の要因を「もうなくなった」とは言えないが、「生活実態の違いを、全て同和問題として一律には捉えられない」という認識はそのとおりだと思う。 

○ 若い世代の部落差別が見えにくくなり、本人も伝えられなくなっている。しかし、昔ながらの差別意識に新しいニュアンスも加わって、いろいろな形で部落差別のメッセージが流れ続けている状況の中で、若い世代がどんな経験をし、どんな受け止めをしているのかということは、重要な課題として把握されるべきだと思っている。 

○ 学歴や就労面では格差は残っていて、しかも若い世代でも同様だ、あるいは若い世代ではやや拡大しているというようなことが、今回の実態把握のデータから推測できると思う。特別対策を受けて育った世代よりも、それがなくなった若い世代で格差がかなりあるということは、重要なポイントだと思う。 

○ 対象地域以外にも様々な課題が集中的に現われている地域の存在が確認されたが、課題があって対策が必要な地域には、対象地域の中の厳しいところがほぼ重なるはずで、生活実態のサポートが必要なところは残っていると思う。対象地域を含め生活実態の課題がある人たちが集中している地域には、行政として何らかのサポートが必要であり、人権課題として施策につないで、広く対策していく必要があるのではないか。 

○ 基準該当地域は、対象地域に見られる課題から設定された指標の平均を上回るか下回るかで抽出されているので、それがどの程度なのかというところは分析できていない。また、指標の該当数がゼロというのは、相当程度、生活の困難さは解消され安定した生活が可能になっているということなのか、あるいは平均をやや下回るというような程度でしかないのかということは、わからない。地域が特定されるような議論はよくないが、それぞれの地域がどのような状況にあるのかは見ておくべきだと思う。 

○ 人権教育や一般府民向けの啓発活動がどうあるべきかということの手がかりとしても、府民全体に対する意識調査と並行して、生活課題や生活実態とは別に、対象地域の人たちに対して被差別体験の有無や転出入の理由等を聞き取る調査をする必要はあると思う。 

○ 部落への差別意識と差別的言動の問題は残り続けており、そこは行政の課題として残していかないといけないし、生活実態の課題に関しても、まだ確たることは言えないので、細かな分析調査が必要だと思う。

<C委員>
○ 今回の実態把握では、対象地域と対象地域外で、現象として課題が共通していることは、明らかになっているが、課題が集中する要因が異なるのかどうかは、わからない。部落差別あるいは同和問題とは何かということは、「現在の対象地域で同和問題、部落差別がどのような形で存在しているのか、あるいはそれがどう変化してきているのか」ということから出発する必要がある。 

○ 同和地区出身を理由とした結婚差別、就職差別などわかりやすい差別は、行政や運動団体の取組む啓発により少なくなってきている。しかし、聞き取り調査をすると、同和地区外の人にとっては全く悪気はない言動でも、同和地区の人にとっては差別されていると感じることがあることがわかるが、こうした認識の食い違いに、部落差別、同和問題が存在していると捉えている。

○ 今まで住環境を良くする上で改良住宅が果たした役割は大きかったが、旧同和地区からの人口流出の要因は、改良住宅が根本にあると考えていいだろう。 

○ 公営住宅と改良住宅は、建設の意図、目的が違う。改良住宅は、その地域をクリアランスして、そこの地域に住んでいる人全員が入るためのもので、低所得の人だけが入るという発想はあり得ない。改良住宅のコミュニティを維持、形成することを可能にするような改良住宅の固有の入居基準や家賃体系がなかった。 

○ 人口の流動化は、むしろ1980年代、90年代の課題だったと思うが、改良住宅の家賃体系を公営住宅に準拠させて、応能応益にしたことで、所得の上がった人も外に出ていくことになるから、これが人口の流動化の一つの要因となっているということは、指摘しておかないといけないと思う。持ち家ではない場合は、どうしても定住への意識が薄くなり、しかも高収入、高学歴の人が出ていくという事態が生じてしまった。 

○ 今回の実態把握のデータから言えば、現住地居住期間10年未満の住民の割合を対象地域と大阪府全域で比べると、対象地域の方が低くなっており、最近10年間で移動してきた住民の割合は、大阪府全域より対象地域の方が低いと考えられる。また、対象地域の人口も減少していることから、今回の実態把握から指摘できるこの10年の課題は、人口の流動化というよりも、対象地域外への人口の流出である。 

○ 対象地域へ流入する理由に、福祉的な施策が充実していることがあり、若い夫婦が安い家賃で住めるということで増えているという話も聞くし、それ以外に、伝手をたどって流入してくる人たち、特に母子世帯や高齢者世帯の人たちがいる。 

○ 基準該当地域というのは、1960年代、70年代、80年代にも存在していた。仮に、その当時、今回の実態把握の結果のように、対象地域と同じように課題があるということが数字的に出たとしても、「同和地区にはその課題に至る固有のメカニズムがあって、そのメカニズムが他の地域とは違う」という議論になっていただろう。 

○ 特別対策が行われていた時期も、終了した後も「対象地域における課題は、部落差別を要因とするものと、貧困などそれ以外を要因とするものが混在していた」のであって、「対象地域における課題は、同和問題として一律に捉えることができない」ことは、今回の実態把握のデータからも言えるが、実は従来もそうだったということである。 

○ 1980年代の半ばぐらいまでは「同和地区の抱える低位性の問題、課題は、すべて同和問題である」という見方であった。それは同和地区の改善を実現する上で、確かに現実的に必要なことではあったが、現実認識としては正しいものではなかった。平成13年の府同対審答申の「これまでの同和地区のさまざまな課題は同和地区固有の課題であった」という認識自体が妥当性を欠いていた。 

○ 同和地区の課題に至るまでにはいろいろな原因、理由があって、その課題への対応を一般施策として考えていく上では、やはり同和地区内外で共通する課題として見ていくしかない。ただし、一般施策については、部落に対する施策を周りに拡げていこうというような、他の専門委員が言う「ユニバーサルな施策」ということも、おそらく意図されていたのではないか。貧困で教科書が買えない家庭は部落外にもあったし、教科書の無償化が部落から始まって周りに拡がっていったように、実は「ユニバーサルな施策」はあったし、共通の課題として捉えるべきことがあった。 

○ 対象地域では、「生活保護受給率が高い、大学短大の進学率が低い、専門学校の進学率が高い」ということが行政データとして出ているが、こういう現象は1980年代、90年代もあったし、現在も対象地域だけではなく、ほかの地域にも同じ状況がある。1980年代、90年代であっても、同和地区の課題を固有の問題として捉えること自体が、ある種の限界、論理的には間違いだったということである。 

○ 対象地域、部落には学校に行かない子どもが多いことなど、課題に至る固有のメカニズムは確かにあったであろうし、例えば、行政データを活用した実態把握に出ているような、「対象地域は、ほかと比べて大学・短大の進学率が非常に低い」ということは、固有のメカニズムが絡んでいるのではないかと思う。 

○ 研究者が行った聞き取り調査の分析結果によると、部落の中の文化に「高等教育がなくてもいい」ということがあると書かれている。学校に行っておらず字を読めない親が子どもに対して行う教育は高進学率を残すような教育にはならない、という部落の中の文化があると、優秀な子がいても塾にも行かないし、親から勉強しなくてもいいと言われて育つ子の進学率はどうしても下がる。これは、課題に至る部落の固有のメカニズムである。部落には課題が集中しているという表現は、そういうところでは確かに成立するかと思う。 

○ 対象地域の課題を、一般施策としてその他の地域の課題とともに横軸で見ていくときでも、それぞれの固有のメカニズムは考えなければならない。部落内外で共通の課題という横串を設定すること自体は何の問題もないだろうと思うが、そこに固有のメカニズムがあるという視点は置いておかないといけない。しかし、部落差別の原因は何かというメカニズム自体が時代によっても変化するだろうし、捉えることが難しいので、実はわかっていないと考えている。 

○ 部落差別の原因は江戸時代の身分制にある、という見解で同和対策も行われてきたと思うが、現在では、部落差別の原因は江戸幕府の身分制度にあるのではないという考え方、研究者が増えてきている。中世に遡る人もいるし、近代になって今のような形になってきたというところに原因を見る人もいる。今のような部落差別、同和問題が生み出される原因の解明がまだなされていないことが、行政が悩むことになる大きな理由の一つだと思う。 

○ 課題に取り組むときの姿勢として、課題を個別の分野ごとに見ていくことで解決されるのであれば、課題が同和問題と関連していようといまいと、本当は関係ないだろう。しかし、それが旧同和地区に課題として残り続けている間は、その課題の歴史性を簡単には捨象できないし、メカニズムが残っている限りは捨象してはいけない。 

○ だからこそ、部落差別との関わりはどうあるのかというところを、きちんと把握しなくてはいけないが、行政はそれを把握するための調査ができないということである。これは研究者の課題でもあり、調査の限界の問題でもある。つまり、課題が集中する要因や部落差別との関わりを明らかにするためには、実際に地域に入ってフィールドワークをして、当事者に対してヒアリングをしていくということが必要になる。 

○ 生活史を聞くという調査の結果、日常的にはそれほど差別は受けていないし人も多い。また、居住地が部落ということを知らない人も多く、親から聞いてない人も多いということがわかった。 

○ 差別を受けている人は、その生活史の中で、子どものときに「あそこは部落だ」と子ども同士の間で言われても、親から聞いていないと、その時には言葉の意味がわからないが、徐々にわかってくるというような経験をして、部落差別を知るようになる。 

○ 結婚とか就職のときに初めて差別を受けたが、結婚や就職を断られている当初は、そのことが全然わからなかった、ということなど、生活の中で部落差別を受けるという経験は、やはり固有の経験である。生活史を聞いていると、なぜ部落差別を受けて、今のような生活水準、教育水準になっているのかということや、そういう形で部落差別がまだ存在するということが見えてくる。 

○ しかし、差別をなくす目的があるとはいえ、調査をするということは、場合によっては差別を引き起こすことがないとは言えない。なぜならば、部落民とはだれかということ自体がわからないから、あなたは部落民ですかと聞くこと自体が差別である。行政も研究者の調査も、今の時代に大阪で「ここは旧同和地区なので調査させてください」と言って、そこの住民が何も知らなかったら、差別を作り出すことになる。 

○ 部落差別の実態を知るために今どうするかと言えば、地域は確定できないが、部落差別を受けたという人がいれば、その人が部落差別の被害者であり、部落差別の課題を抱えている人たちのはずなので、そういう人から話を聞くこと以外にあり得ないだろう。しかし、特別対策が終了した今、行政にはなかなかできないことだと思う。地域ぐるみでここが部落差別の対象地域だというようなことは、もう言えないだろう。 

○ 行政がこういう調査ができないと言われているのは正しい認識である。インタビュー調査においても、差別を受けているのに言わない人も多く、本来そういう人の声を聞かないと、いつも大きな声で言っている人の声ばかりを聞いても、差別の実情が全部わかるというわけではない。しかし、差別を受けているのに言わない人に聞くことは、差別と紙一重なのである。 

○ その人の出自をたどることや出身をたどるという発想自体が差別に結びつくから、こういった調査は、部落差別をなくすためには、本来してはならないことである。しかし、その調査を行わないと、部落差別を受けている人、その地域のことがわからない、ということは矛盾そのものである。行政が論理的に矛盾する現象を、同じ場所で抱えていることはよくわかる。 

○ 今回の実態把握で、課題の現われ方が多様だということがわかったのだが、平成12年調査にあったような部落差別と課題の因果関係についてのデータが収集できていないため、その因果関係の有無について言及することはできないと思う。 

○ 部落差別に固有の課題というのは、その人が社会関係の中で排除されることがあるかないかということで、どんなに高学歴で正社員になっていても、結婚するときに同和地区の出身を理由に断られたとすれば、その人は部落差別の課題を担っているわけである。 

○ 「部落にある課題はすべて差別に結びつくから、その課題をなくしていく」ということが、同和対策事業の大きな目標で、特別措置法時代は行政の方が課題を探す以上に、住んでいる人たちが「こういう課題がある」という問題提起をし、行政もそれを受けて対応してきたと思う。 

○ 行政の側が探ることも大事だが、旧同和地区の人たちが、「こういう課題がまだある」と行政の方に言ってくるのかどうかということが、旧同和地区の固有の課題というものを知るための重要な手段だったはずである。しかし例えば、特別措置法がなくなり、最近では、大学進学率が低い地域があるとすると、それは部落差別の結果というより、むしろ「個人が努力しない」、「能力がないからだろう」と説明するようになってきていて、それを行政の方に「課題だ」と言うことはしない。 

○ おそらく、全国水平社結成よりさらに前の時期は、当事者も差別する側の人も、差別されることは当たり前だと思っていたので、差別自体が認識されていなかったが、それ以降、「これは差別だ。自分たちは不当に排除されている」という認識が出てきたから、その課題を提案することもできたし、生活も改善されて差別も減ってきた。しかし、特別措置法もなくなった今、何が部落差別が生んだ課題かということについての認識の仕方が変わってきているから、それが見えにくくなっている。「今どのような形で部落差別は存在してるのだろう」ということを見る認識枠組みを作らないと、何が部落差別が生んだ課題かは見えてこないものである。 

○ 実は昔も、どこが部落であるという根拠はなかったし、部落民も実在していなかった。何が実在するのかというと、差別をする人たちが、差別的な意識の下に、「あそこが部落だ」、「あいつは部落民だ」と言うときにのみ、部落や部落民になり部落差別になってきたというのが、むしろ実際のあり方であって、客観的な根拠はない。実際には、部落とか部落民というのは、観念の中にしか存在せず、差別する人の中にしか存在しない観念である。 

○ 同和対策事業のために、部落を同和地区と呼んで固定したことが、本当はそれまで存在せず固定されていない部落を固定してしまった。実在する根拠などないのに、あたかも実在するかのように、同和地区として指定し、法律的に関与してきたわけである。 

○ 部落や部落民を実在させないと、同和対策特別措置法で特別対策はできないので、差別する可能性が生まれても、得られることの方が多いから同和地区を指定したということは、行政的な選択と言えるが、やはり同和対策事業自体が部落差別に加担していたものと考えられる。 

○ 部落差別の実態を知るべき行政が、部落差別の実態を調査できないという事態になっているが、行政が部落差別をしてきたその主体でもあったという、かつての認識があるのであれば、極端に言えば、たとえ個人情報保護条例でいう差別が生まれる可能性があるにしても、それでもやらなければならない調査というのがあるという立場もあると思う。 

○ 差別について調査を実施するリスクと調査によって得られる効果の両方の問題がある。行政が実施する場合、最近では、成果よりリスクの方が大きいという話だろう。そういう立場も十分あり得ると思うが、やはり研究者がきちんと調査しなければいけないということも感じるので、研究者が調査したことを行政にうまく使ってもらえる関係ができたらいいと思う。

<D委員>
○ そもそも、持ち家が基本でそれを持てない人が公営住宅という住宅政策そのものがおかしいと思う。公営住宅そのものが悪いというよりは、持ち家を持てない低所得者向けの住宅が公営住宅というような考え方であることが問題だろうと思う。端的に言えば、住宅政策の失敗である。 

○ 1960年代、70年代では、当初、同和地区に建てられた改良住宅は所得に関わらず入居できたが、1990年代に国の政策が変わり、公営住宅の位置づけに、いわゆるセーフティネットという考え方が明確に出てきた。その段階で様々な所得階層や年齢層の人が住めるような住宅、間取りの工夫、コーポラティブ住宅の建設などの動きが一部であったのだが拡がらなかった。結果的には多様な階層の人、多様な年齢の人が住めなくなってしまったということが大きいかと思う。 

○ 改良住宅は、地域の環境改善の中でその地域に住んでいる人たちが定住できることを意図して建てられたが、今は定住を前提としていないので、その変化が大きかったのかと思う。市町村によって少しずつ制度が違っているかとは思うが、「定住」という視点が基本だったと思う。それと1990年代以降の流れが食い違っていて、そこでうまく転換できなかったという意味での住宅政策の失敗である。 

○ 改良住宅は、地域の環境改善の中で定住できることを前提にしていたわけであるから、応能応益家賃ということも当初は考えていなかった。各自治体に総合計画があったと思うが、「様々な階層や年齢の人が定住できるようなまちづくり」というのが基本にあった。 

○ 同和対策で建てられた改良住宅は、70年代には環境改善が進み役立っていたことは良かったと思うが、今は逆に高齢者をはじめ低所得者を集めてしまうということになっている。それが対象地域の貧困が厳しくなっていることの背景にはあるだろう。同和地区とは少し状況は違うが、多くの民間の借家や文化住宅などがあるような地域も、おそらく基準該当地域の中には入っていると思う。

○ どの地域にも共通する「一般的な都市問題」というものはないし、そういう言い方自体がないと思う。個々の地域について背景を探れば、常に具体的な要因・背景があるはずで、大阪の場合「部落差別が要因として大きいだろう」という捉え方である。 

○ 対象地域でも、近代になって都市部落は特に流動化が激しくなっているので、もともとの部落と縁もゆかりもない人が入ってきたり、あるいは出ていったりしている。そういう属人的な意味で言うと、仕事と血筋と地域という、いわゆる三位一体論のようなものは、もう成り立たない。 

○ 対象地域では、住んでいる人は流動化しているが、エリアとして見たときには、あそこは怖いなどという偏見はあるし、またそこに住みたがらないということが実態としてあるので、社会的な排除や貧困の問題が集中的に現われている地域として、部落は再編されている。 

○ 部落に住んでいる人は部落差別だけを受けているわけではない。例えば、部落に住んでいる外国人というのは、部落に住んでいるということでも外国人であるということでも、偏見の対象となることがあって、そういうものを複合差別と言う考え方がある。 

○ 部落問題というのは、ほかの差別問題や貧困問題と絡むので、江戸時代ならともかく、純粋な部落問題というものはないと見ている。純粋な部落差別だけで貧困が起きるということはありえないし、今、部落に住んでいる人も、先祖代々そこに住み続けてきた人ばかりでもない。同和問題そのものが、ほかのマイノリティ問題や貧困問題と分かちがたく結びつき混じり合っていて、その現れ方が地域によって違っているという見方をするのがいいのではないか。 

○ 大阪の中でもいろいろな地域類型があるので、一律には論じられないが、大阪の場合は都市型の公営住宅を中心に環境改善を進めたところが比率として非常に高いので、そういう地域の実態が全体としてみれば大きく影響してくるということだと思う。 

○ 「生活実態の課題はもはや同和問題ではない」という、かなり極端な言い方はあると思うが、歴史的な経緯などを見ると、やはり同和問題とまったく無関係に今の対象地域の実態があるわけではない。江戸時代の身分差別を念頭に置けば「もはや同和問題はない」と言えるかもしれないが、そういう単純な見方では現代の同和問題を捉えられない。 

○ 今回の国勢調査のデータでは、現に今住んでいる人がどういう人かというのはわかるが、誰がどういう理由で出て行ったかがわからない。2000年の大阪府の実態調査では、生活安定層の流出が多いという傾向が出ていたと思う。そういう状況は現在も変わっていないのではないかと思う。 

○ 今後、行政としては同和地区における出入りの実態を正確に捉える調査が必要だと思う。入ってきた人は把握しやすいが、出て行った人がどういう人で、今どう暮らしているかというのは見えない。 

○ また、部落差別の影響というものをきちんと見る調査が必要だと思っている。地域住民に対し、教育経験や就労経験に関してインタビュー調査の形で詳しい調査をすべきではないかと思う。そういう詳しい調査をすることで、どのようにして、そこの地域にたどり着いたのか、あるいは、2代、3代、4代に亘って代々貧困が再生産されて、階層的に低いところに押し込められてきたのかというところが見えてくるかもしれない。 

○ 国勢調査でなくても、こういうことに詳しい方の協力を得て、いろいろな地域の典型的な事例を取り上げるというやり方で調査をしてもらってもいいかもしれない。サンプルが偏るのは仕方ないが、行政の立場としては、部落差別はあるということが前提にあるので、そういう調査もやらないよりはやった方がいい。ただ、具体的にどう進めるのかという段階になると、行政は動けないということかもしれない。 

○ 「対象地域以外に見られる課題の集中とその要因」を知るためには、もう少し範囲を拡げて見ないと、今回の国勢調査のデータからは何とも言えない。府として「貧困集中地域の課題を明らかにする」というような調査になると思うし、同和問題としてという話ではなくなってくるが、もうそんな調査は不可能だと思う。 

○ 今回の実態把握の人口動態を見ても、対象地域では少子高齢化が進んでいるということがわかった。仕事と子どもの教育と暮らす家の3つが揃わないと、若い世代、子育て世代は定住できないので、これらが改めて大きな課題として見えてきた。 

○ ユニバーサルな格差是正策とターゲットを絞った特別対策という二階建ての対策が必要ではないか。基本はユニバーサルな、すべての人をカバーするような底上げ策というのがあって、その上で特にユニークなニーズがあるとか、特に状況が厳しいところに対する手厚い対策がある、と捉える必要があるのではないかと思う。 

○ ユニバーサルな格差是正策という点では同和地区内外で共通する部分が出てくるので、例えば学校給食をみんなに提供することなどは特別のことではなく、部落であるか否かを問わず当たり前にやるべきことである。厳しいところにターゲットを絞った施策は、結果的に同和地区に集中することはあるかもしれない。 

○ 私は、法律があろうがなかろうが同和問題は存在しているという立場なので、対象地域の課題は同和問題だと思う。特別措置法をなくしてその後どうするかということを議論しないまま来ているので、それが大阪府にも悪い影響を与えている部分があると思う。特別対策がなくなって、それまで培ってきた経験やネットワークがなくなりかけているのを心配している。 

○ 進学率が上がらないことの背景には、経済的な貧困の問題があると思う。だが、ただお金があればいいのかというと必ずしもそうではない。「身近で、どういうふうな仕事をしている人を知っているのか」、「その仕事に就くためにどういう進路選択をすればいいのかを知っているのか」、あるいは「日常の意識しない親子関係、子育ての面での親子関係で、どういうふうに子どもと接しているのか」などは、経済的なところには還元できない文化の問題がある。教育達成の低さには、経済的な要因が土台にありつつも、そこから派生あるいはそれに絡んで、文化的な要因も影響する。 

○ 同和地区の実態がどうなっているのかは把握しなければならないと思う。ただ、格差是正策や貧困対策は、同和問題に限ってだけなのかというとそうではない。例えば、教育分野でも都道府県段階で作る子どもの貧困対策の計画がある。そういう基本計画を作るときには、やはりこういう基準該当地域、多くの生活が困難な人たちが住んでいる地域の実態はどうなっているかということは、考えていかないといけないと思う。 

○ 基準該当地域と対象地域で共通する課題は何かということが二階建ての一階の部分に当たり、ユニバーサルな格差是正策を考える参考になるのであって、それぞれの地域性で母子世帯が多い、低学歴が多いなど課題の現れとしては、その背景は少しずつ違うので、二階部分は二階部分で独自の課題があるはずである。ただそのユニバーサルな対策を考えるときは、ゼロから考える必要はなく、かつての同和対策がヒントになると思う。 

○ もともと都市部落というのは流動化が激しいところなので、それこそが部落問題である。出自という点で言うと、もともと部落の出身だった人は、どんどん外へ出て行って地域の住民は入れ替わっている。都市部落は社会的排除の状況が集中的に現れている地域であり、私はそれが現代の部落問題の形だと思っている。そういう意味からすると、「対象地域で見られる課題は、必ずしも全てが部落差別の結果と捉えることはできない」という表現は不適切だと思う。 

○ 「対象地域の住民を抽出して、居住地が対象地域であることを教示し、対象地域出身者であるか否か等の情報を収集する調査は、行政主体ではもう実施できない」という判断を府がするならそれでいいが、研究者が行うことまで否定すべきではない。

○ 大阪府の個人情報保護条例や部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例は、調査一般を禁じているわけではない。「部落差別はあるが、どこが部落であるかは言ってはいけない、誰が被害者であるかということも隠さなければならない」という誤解が広まっている。個人の預かり知らないところで身元調査されたり、ネガティブなイメージを伴って地域名が流布されることが問題なのである。どういう文脈で情報が広まるかということが問題で、地域名を特定してはいけないということではない。

○ 行政の立場では「ここが部落だ」と特定した内容の文書を出すことはできないと思うが、当事者が名乗ることまでを「あなたたちがやっていることは、同和問題解決に逆行することだ」とは言うべきではない。

○ 対象地域の出身であることを言いたい人は言えばいいし、言いたくない人は言わなければいい。大事なことは、個人情報の収集や管理を本人がコントロールできるようにすることである。

○ 学校教育や社会教育における人権教育や人権啓発でも、「部落差別はあるが、どこが部落であるかは言ってはいけない、誰がその当事者かということも言ってはいけない」ということにしてしまうと、全くリアリティがない話になってしまうし、問題をタブー視する意識を植え付けてしまう。そのような人権教育・人権啓発は同和問題の解決には結びつかない。

 
作成:府民文化部人権局

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意見聴取事項 意見聴取事項(平成27年8月) [Wordファイル/20KB]
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意見聴取事項 意見聴取事項(平成27年10月・11月) [Wordファイル/20KB]

このページの作成所属
府民文化部 人権局人権擁護課 人権・同和企画グループ

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